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弘前市ひろさきし

1920年には17の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の弘前市になりました。

17町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の弘前市

津軽平野の南部にある、津軽地方の中心都市です。西には岩木山がそびえ、岩木川・平川・土淵川が流れます。江戸時代は弘前藩の城下町で、弘前城や禅林街、武家屋敷の残る仲町が今に伝わります。りんごの生産量は日本一で、春のさくらまつりと夏のねぷたまつりには多くの人が訪れます。冬は雪の多い地域です。

今の弘前市の区域の人口は、2020年の国勢調査で168,466人です。今の区域で数えた1980年の192,291人とくらべると12.4%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.4%です。

168,466人人口(2020年)
−12.4%1980年からの増減
557.3km²面積(概算)
302人/km²人口密度
32.4%65歳以上の割合
194,1971980199020052020
15歳未満 10.5%15〜64歳 57.1%65歳以上 32.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:りんご栽培が中心で、米づくりのほか、津軽塗などの伝統工芸があります。

特産品・名産

  • りんご市の木。生産量は全国の約2割で日本一
  • 津軽塗弘前藩の時代から続く漆器
  • 清水森ナンバ弘前で受けつがれてきたトウガラシ

見どころ・祭り

  • 弘前城(弘前公園)天守などが重要文化財。桜の名所
  • 弘前ねぷたまつり8月1日から7日。重要無形民俗文化財
  • 仲町伝統的建造物群保存地区武家屋敷の町並みが残る
  • 岩木山神社楼門や本殿が重要文化財
  • 最勝院五重塔国の重要文化財

木りんご花さくら弘前市の木・花

弘前市のなりたち

弘前市(ひろさきし)は、青森県中南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、17の町村がありました。大浦村・駒越村・裾野村・新和村・高杉村・藤代村・船沢村・和徳村・豊田村・東目屋村・清水村・堀越村・千年村・石川村・岩木村・相馬村・弘前市です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の弘前市になりました。

今の名前「弘前市」は、1920年にあった弘前市の名前を受け継いでいます。ほかの16の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は中津軽郡・南津軽郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧石川村の区域には石川駅(奥羽本線)があります。

171920年の町村の数
4回合併・編入の回数
557km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「弘前市」という名前

「弘前」の名は、江戸時代の初めに付けられました。津軽氏が築いた城とその城下は、はじめ鷹岡(高岡)と呼ばれていました。1628年(寛永5年)、2代藩主の津軽信枚が帰依していた天海大僧正の命名により、弘前と改められたと伝えられています。明治の市制施行で、この名が市の名になりました。

まちの成り立ち

弘前は、津軽氏が治めた弘前藩の城下町として栄えた土地です。津軽為信が鷹岡に城を計画し、1611年(慶長16年)に城が完成しました。1628年(寛永5年)には鷹岡の名を弘前と改めています。廃藩置県では弘前県が置かれましたが、まもなく青森県にまとめられ、県庁は青森に移りました。1889年(明治22年)4月1日、市制の施行により弘前市が発足しました。周りの村々は町村制で発足し、1955年(昭和30年)3月1日には、清水村・和徳村・豊田村・堀越村・千年村・藤代村・新和村・船沢村・高杉村・裾野村・東目屋村の11村が弘前市に編入されました。同じ日に岩木村・大浦村・駒越村が合わさって新しい岩木村が生まれ、1961年(昭和36年)に町制を施行して岩木町になっています。1957年(昭和32年)には南津軽郡の石川町も弘前市に編入されました。2006年(平成18年)2月27日、弘前市・岩木町・相馬村が合併し、今の弘前市が発足しました。弘前はりんごの生産量が日本一で、春のさくらまつりには多くの人が訪れます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年市制の施行により、中津軽郡の弘前の区域で弘前市が発足した。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、中津軽郡に清水村・豊田村・千年村・岩木村・東目屋村・藤代村・大浦村・高杉村・和徳村・堀越村・駒越村・相馬村・新和村・船沢村・裾野村が、南津軽郡に石川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1923年4月1日大正12年南津軽郡石川村が町制を施行して石川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1955年3月1日昭和30年中津軽郡の清水村・和徳村・豊田村・堀越村・千年村・藤代村・新和村・船沢村・高杉村・裾野村・東目屋村が弘前市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  5. 1955年3月1日昭和30年中津軽郡の岩木村・大浦村・駒越村が合併し、改めて岩木村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  6. 1957年9月1日昭和32年南津軽郡石川町が弘前市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  7. 1961年2月1日昭和36年中津軽郡岩木村が町制を施行して岩木町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  8. 1964年4月1日昭和39年弘前市の一部(森山)が南津軽郡大鰐町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 2006年2月27日平成18年弘前市と中津軽郡の岩木町・相馬村が合併し、改めて弘前市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

弘前市1889〜今
岩木村→岩木町1889〜2006
大浦村1889〜1955
駒越村1889〜1955
相馬村1889〜2006
石川村→石川町1889〜1957同じ名前の駅:石川駅
裾野村1889〜1955
新和村1889〜1955
高杉村1889〜1955
藤代村1889〜1955
船沢村1889〜1955
和徳村1889〜1955
豊田村1889〜1955
東目屋村1889〜1955
清水村1889〜1955
堀越村1889〜1955
千年村1889〜1955

参考にした資料