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青森市あおもりし

1920年には20の町村だった区域が、11回の合併・編入を経て、今の青森市になりました。

20町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の青森市

青森県のほぼ中央にある県庁所在地です。北は陸奥湾の青森湾に面し、南東に八甲田山、東に東岳山地、西に梵珠山地が連なります。その間に青森平野が広がり、堤川などが湾へ流れます。湾は波が穏やかで、港やホタテの養殖に向いています。市内には縄文時代の三内丸山遺跡があり、夏の青森ねぶた祭が知られます。浪岡地区ではりんごが多く作られています。

今の青森市の区域の人口は、2020年の国勢調査で275,192人です。今の区域で数えた1980年の309,768人とくらべると11.2%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.2%です。

275,192人人口(2020年)
−11.2%1980年からの増減
878.9km²面積(概算)
313人/km²人口密度
32.2%65歳以上の割合
318,7321980199020052020
15歳未満 10.7%15〜64歳 57.1%65歳以上 32.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:港を生かした商業・交通と、ホタテの養殖、りんごやカシスなどの農業です。

特産品・名産

  • りんご浪岡地区で生産が盛ん
  • ホタテ青森湾沿岸で養殖が営まれる
  • カシス市内で栽培される果実

見どころ・祭り

  • 三内丸山遺跡縄文時代の大規模な集落跡。特別史跡
  • 八甲田山十和田八幡平国立公園の山々
  • 青森ねぶた祭8月2日から7日。重要無形民俗文化財
  • 浅虫温泉陸奥湾に面した温泉地
  • 浪岡城跡浪岡北畠氏の城跡

木あおもりとどまつ花はまなすの花鳥ふくろう青森市の木・花・鳥

青森市のなりたち

青森市(あおもりし)は、青森県東青地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。油川町・滝内村・大野村・大杉村・野沢村・五郷村・女鹿沢村・東岳村・筒井村・横内村・高田村・荒川村・奥内村・新城村・原別村・造道村・後潟村・野内村・浪岡村・青森市です。これらの町村が、11回の合併や編入を経て、今の青森市になりました。

今の名前「青森市」は、1920年にあった青森市の名前を受け継いでいます。ほかの19の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は南津軽郡・東津軽郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧油川町の区域には油川駅(津軽線)があります。旧筒井村の区域には筒井駅(青い森鉄道線)があります。旧奥内村の区域には奥内駅(津軽線)があります。旧後潟村の区域には後潟駅(津軽線)があります。旧野内村の区域には野内駅(青い森鉄道線)があります。

201920年の町村の数
11回合併・編入の回数
879km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「青森市」という名前

「青森」は、海辺にあった小高い丘の呼び名に由来します。丘にはハイネズ(浜松)が茂り、「青森」と呼ばれて、漁船が帰るときの目印になっていました。1624年(寛永元年)に弘前藩が善知鳥村(うとうむら)に港を開いたとき、この丘の名を採って村の名を青森村と改めたとされています。

まちの成り立ち

青森は、縄文時代に三内丸山遺跡の大きな集落が営まれた土地です。江戸時代の初め、弘前藩が1624年(寛永元年)に港を開き、1626年(寛永3年)には浜町・本町・米町の3町がつくられて青森町が生まれました。廃藩置県の後には県庁が置かれ、県の名も青森県となりました。1889年(明治22年)の町村制で青森町が発足し、1898年(明治31年)4月1日に市制を施行して青森市となりました。その前年には浦町村を編入しています。1939年(昭和14年)に油川町、1951年(昭和26年)に滝内村、1954年(昭和29年)に大野村を編入しました。1955年(昭和30年)には、1月1日に筒井町・横内村・東岳村・高田村、1月15日に浜舘村・荒川村、3月1日に新城村・奥内村・原別村を次々と編入しました。さらに1956年(昭和31年)に後潟村、1962年(昭和37年)に野内村を編入しています。南の浪岡町は、1954年(昭和29年)に浪岡町と大杉村・女鹿沢村・野沢村・五郷村が合わさって生まれた町です。2005年(平成17年)4月1日、青森市と浪岡町が合併し、今の青森市が発足しました。浪岡は、中世に浪岡北畠氏が城を築いた土地です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東津軽郡に青森町・浦町村・大野村・高田村・滝内村・奥内村・横内村・造道村・東岳村・荒川村・油川村・新城村・後潟村・筒井村・原別村・野内村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南津軽郡に浪岡村・大杉村・女鹿沢村・野沢村・五郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1897年10月1日明治30年東津軽郡浦町村と、滝内村の大字古川が青森町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  4. 1898年4月1日明治31年東津軽郡青森町が市制を施行して青森市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  5. 1919年4月1日大正8年東津軽郡油川村が町制を施行して油川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1927年4月1日昭和2年東津軽郡滝内村の一部(沖館・新田)と造道村の一部(造道・八重田)が青森市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1927年5月15日昭和2年東津軽郡造道村が改称して浜舘村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  8. 1939年6月1日昭和14年東津軽郡油川町が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  9. 1940年6月1日昭和15年南津軽郡浪岡村が町制を施行して浪岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1951年4月1日昭和26年東津軽郡滝内村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  11. 1952年8月31日昭和27年東津軽郡筒井村が町制を施行して筒井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  12. 1954年5月3日昭和29年東津軽郡大野村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  13. 1954年12月15日昭和29年南津軽郡の浪岡町・野沢村・女鹿沢村・大杉村・五郷村が合併し、改めて浪岡町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  14. 1955年1月1日昭和30年東津軽郡の筒井町・横内村・東岳村・高田村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  15. 1955年1月15日昭和30年東津軽郡の浜舘村と荒川村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  16. 1955年3月1日昭和30年東津軽郡の新城村・奥内村・原別村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  17. 1956年9月1日昭和31年東津軽郡後潟村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  18. 1956年9月30日昭和31年北津軽郡七和村の一部(大字下石川)が浪岡町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  19. 1962年10月1日昭和37年東津軽郡野内村が青森市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  20. 2005年4月1日平成17年青森市と南津軽郡浪岡町が合併し、改めて青森市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  21. 2007年9月1日平成19年青森市の一部(増館・郷山前・吉野田の各一部)が南津軽郡藤崎町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

青森市1898〜今
浪岡村→浪岡町1889〜2005同じ名前の駅:浪岡駅
大杉村1889〜1954
野沢村1889〜1954
五郷村1889〜1954
女鹿沢村1889〜1954
野内村1889〜1962同じ名前の駅:野内駅
後潟村1889〜1956同じ名前の駅:後潟駅
造道村→浜館村1889〜1955
奥内村1889〜1955同じ名前の駅:奥内駅
新城村1889〜1955
原別村1889〜1955
荒川村1889〜1955
東岳村1889〜1955
筒井村1889〜1955同じ名前の駅:筒井駅
横内村1889〜1955
高田村1889〜1955
大野村1889〜1954
滝内村1889〜1951
油川町1919〜1939同じ名前の駅:油川駅

参考にした資料