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平川市ひらかわし

1920年には9の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の平川市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の平川市

青森県の南東部、津軽平野の南端にある市です。岩木川の支流の平川が流れ、平野の東と南には山地が連なります。旧碇ヶ関村の地区は、山を隔てた南の秋田県境にあります。りんごの栽培が盛んで、栽培面積は県内の市町村で2番目に広く、米も作られます。平賀や碇ヶ関には温泉があり、盛美園や猿賀神社などの名所があります。

今の平川市の区域の人口は、2020年の国勢調査で30,567人です。今の区域で数えた1980年の38,979人とくらべると21.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.3%です。

30,567人人口(2020年)
−21.6%1980年からの増減
367.4km²面積(概算)
83人/km²人口密度
35.3%65歳以上の割合
38,9791980199020052020
15歳未満 10.7%15〜64歳 54.0%65歳以上 35.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:りんごを中心に、米などの農業が営まれます。造園業も盛んで、温泉を生かした観光もあります。

特産品・名産

  • りんご栽培面積は県内2位、収穫量は3位

見どころ・祭り

  • 盛美園回遊式の日本庭園。擬洋風の盛美館がある
  • 猿賀神社本殿は県重宝
  • 渾神の清水名水百選に選ばれた湧水
  • 碇ヶ関御関所弘前藩の関所を再現した施設
  • 八幡崎遺跡縄文時代晩期の遺跡。県の史跡

木くろまつ花りんごの花鳥うぐいす平川市の木・花・鳥

平川市のなりたち

平川市(ひらかわし)は、青森県中南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。金田村・猿賀村・大光寺村・竹舘村・尾崎村・町居村・柏木町村・尾上村・碇ケ関村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の平川市になりました。

今の名前「平川市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の竹舘村が約193km²だったのに対し、今の平川市は約367km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南津軽郡に属していました。

91920年の町村の数
4回合併・編入の回数
367km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「平川市」という名前

市の名は、市の中を流れる岩木川の支流、平川に由来します。合併した尾上町・平賀町・碇ヶ関村の3町村は、どれも平川の流域にありました。2006年(平成18年)1月1日にこの3町村が合併して、平川市が生まれました。川の名「平川」そのものの由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

平川市は津軽平野の南東部にあり、岩木川の支流の平川が流れる市です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の市の区域には尾上村・金田村・猿賀村・大光寺村・竹館村・尾崎村・柏木町村・碇ヶ関村が生まれ、1901年には竹館村から町居村が分かれました。尾上村は1937年(昭和12年)に金田村と合わさって尾上町となり、1955年(昭和30年)1月1日には猿賀村が加わって新しい尾上町になりました。同じ年の3月1日には、柏木町・大光寺町・尾崎村・竹館村・町居村が合わさって平賀町が生まれています。その後、尾上町の大袋が田舎館村へ、追子野木が黒石市へ移りました。平成の合併の時期には、弘前市などとの12市町村での合併が話し合われましたが、2004年に協議会は廃止されました。そのうえで2006年(平成18年)1月1日、尾上町・平賀町・碇ヶ関村が合併し、平川市が発足しました。旧碇ヶ関村の地区は、旧平賀町と山で隔てられています。りんごの栽培が盛んで、収穫量は県内でも上位です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南津軽郡に尾上村・金田村・猿賀村・大光寺村・竹館村・尾崎村・柏木町村・碇ヶ関村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1895年1月22日明治28年南津軽郡尾崎村の一部(町居)が竹館村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1901年7月1日明治34年南津軽郡竹館村の一部(町居)が分かれて町居村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  4. 1929年7月1日昭和4年南津軽郡柏木町村が改称のうえ町制を施行し、柏木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1937年4月1日昭和12年南津軽郡の尾上村と金田村が合併して尾上町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1943年4月1日昭和18年南津軽郡大光寺村が町制を施行して大光寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1955年1月1日昭和30年南津軽郡の尾上町と猿賀村が合併し、改めて尾上町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  8. 1955年3月1日昭和30年南津軽郡の柏木町・大光寺町・尾崎村・竹館村・町居村が合併して平賀町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  9. 1956年南津軽郡尾上町の一部(大袋)が田舎館村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  10. 1956年10月1日昭和31年南津軽郡尾上町の一部(追子野木)が黒石市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  11. 2004年7月31日平成16年弘前市など12市町村でつくった津軽南地域市町村合併協議会が廃止された。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  12. 2006年1月1日平成18年南津軽郡の尾上町・平賀町・碇ヶ関村が合併し、市制を施行して平川市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

平川市2006〜今
尾上村→尾上町1889〜2006
猿賀村1889〜1955
金田村1889〜1937
碇ケ関村1889〜2006
平賀町1955〜2006
大光寺村→大光寺町1889〜1955
竹舘村1889〜1955
尾崎村1889〜1955
町居村1901〜1955
柏木町村→柏木町1889〜1955

参考にした資料