青森県 › 五所川原市

五所川原市ごしょがわらし

1920年には14の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の五所川原市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の五所川原市

津軽平野の西部にあり、岩木川が北の十三湖へ流れる市です。旧市浦村の区域は日本海側の飛地で、十三湖とその周りを含みます。北東には梵珠山や馬ノ神山が連なります。中世には十三湊が交易の港として栄えました。米やりんごの栽培と十三湖のシジミ漁が盛んで、冬は雪の多い地域です。巨大な立佞武多や、太宰治の生家「斜陽館」でも知られます。

今の五所川原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で51,415人です。今の区域で数えた1980年の68,738人とくらべると25.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.0%です。

51,415人人口(2020年)
−25.2%1980年からの増減
432.3km²面積(概算)
119人/km²人口密度
36.0%65歳以上の割合
68,7381980199020052020
15歳未満 9.5%15〜64歳 54.5%65歳以上 36.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米・りんごの農業と、十三湖のヤマトシジミ漁が盛んで、工業団地もあります。

特産品・名産

  • 十三湖のヤマトシジミ市の貝。漁獲量は全国屈指
  • りんご市内で広く栽培される
  • 津軽組ひも青森県の伝統工芸品

見どころ・祭り

  • 五所川原立佞武多8月4日から8日。立佞武多の館で展示
  • 太宰治記念館「斜陽館」旧津島家住宅。国の重要文化財
  • 十三湖岩木川が注ぐ汽水湖。津軽国定公園
  • 十三湊遺跡中世の港町の跡。国の史跡
  • 芦野公園日本さくら名所100選

木ヒバ花ノハナショウブ鳥ミサゴ五所川原市の木・花・鳥

五所川原市のなりたち

五所川原市(ごしょがわらし)は、青森県西北五地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。三好村・飯詰村・中川村・松島村・長橋村・栄村・喜良市村・嘉瀬村・脇元村・相内村・十三村・七和村・金木村・五所川原町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の五所川原市になりました。

今の名前「五所川原市」は、1920年にあった五所川原町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は北津軽郡・西津軽郡に属していました。

141920年の町村の数
5回合併・編入の回数
432km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「五所川原市」という名前

「五所川原」の名の由来ははっきりしていません。元町の八幡宮には「五所川原地名発祥之源地」と刻まれた碑が立っています。1889年(明治22年)の町村制で五所川原村が置かれ、1898年(明治31年)に町制を施行して五所川原町となりました。1954年(昭和29年)に周りの6村と合わさって市になり、五所川原市の名が生まれました。

まちの成り立ち

五所川原は津軽平野の西部にあり、岩木川が北へ流れて十三湖に注ぐ土地です。中世には、十三湖のほとりの十三湊が安東氏の拠点として栄えました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で五所川原村が生まれ、1898年(明治31年)に町制を施行して五所川原町となりました。1954年(昭和29年)10月1日、五所川原町が栄村・中川村・三好村・長橋村・飯詰村・松島村と合わさり、五所川原市が発足しました。1955年(昭和30年)には嘉瀬村の毘沙門が市に入り、嘉瀬村の残りは金木町・喜良市村と合わさって新しい金木町になりました。同じ年、脇元村・相内村と西津軽郡の十三村が合わさって市浦村が生まれています。1956年(昭和31年)には七和村の大部分を編入し、ほかにも周りの町から長富・梅田・中泉・小曲の地区が加わりました。2005年(平成17年)3月28日、五所川原市・金木町・市浦村が合併し、今の五所川原市が発足しました。旧市浦村の区域は飛地になっています。金木は作家太宰治の生まれた土地です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、北津軽郡に五所川原村・栄村・中川村・三好村・長橋村・飯詰村・松島村・七和村・金木村・喜良市村・嘉瀬村・相内村・脇元村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西津軽郡に十三村が単独で村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1898年7月1日明治31年北津軽郡五所川原村が町制を施行して五所川原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1920年2月11日大正9年北津軽郡金木村が町制を施行して金木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1954年10月1日昭和29年北津軽郡の五所川原町・栄村・中川村・三好村・長橋村・飯詰村・松島村が合併し、市制を施行して五所川原市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  6. 1955年3月1日昭和30年北津軽郡嘉瀬村の一部(大字毘沙門)が五所川原市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  7. 1955年3月1日昭和30年北津軽郡の金木町・喜良市村と嘉瀬村の残りの区域が合併し、改めて金木町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  8. 1955年3月31日昭和30年北津軽郡の脇元村・相内村と西津軽郡十三村が合併し、北津軽郡市浦村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  9. 1956年8月10日昭和31年北津軽郡金木町の一部(長富)が五所川原市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  10. 1956年9月30日昭和31年北津軽郡七和村のうち大字下石川を除く区域が五所川原市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  11. 1956年11月1日昭和31年北津軽郡鶴田町の一部(梅田・中泉)が五所川原市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  12. 1958年4月1日昭和33年西津軽郡木造町の一部(小曲)が五所川原市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  13. 2005年3月28日平成17年五所川原市と北津軽郡の金木町・市浦村が合併し、改めて五所川原市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

五所川原町→五所川原市1898〜今
金木村→金木町1889〜2005
喜良市村1889〜1955
嘉瀬村1889〜1955
市浦村1955〜2005
脇元村1889〜1955
相内村1889〜1955
十三村1889〜1955
七和村1889〜1956
三好村1889〜1954
飯詰村1889〜1954
中川村1889〜1954
松島村1889〜1954
長橋村1889〜1954
栄村1889〜1954

参考にした資料