今の五條市
奈良県の南西部にある市です。北部は吉野川沿いに市街地や農地が広がり、南部は西吉野・大塔の山地へ続きます。街道と吉野川の水運が交わる町として栄え、新町通りには江戸時代の町並みが残ります。丘陵では柿や梅を栽培し、西吉野には果樹園と集落が点在します。大塔には紀伊山地の深い谷と森林が広がります。賀名生の南朝ゆかりの史跡や、吉野川沿いの古寺も、市の歴史を伝えています。
今の五條市の区域の人口は、2020年の国勢調査で27,927人です。今の区域で数えた1980年の40,089人とくらべると30.3%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.3%です。
主な産業:柿・梅の果樹栽培と食品加工、林業、街道の町並みや山地を生かした観光が行われています。
特産品・名産
- 柿市を代表する果樹の特産品
- 梅西吉野で栽培される特産の果実
- 柿の葉すし柿の葉で包んだ地域の郷土料理
見どころ・祭り
- 新町通り紀州街道沿いに残る古い町並み
- 賀名生梅林西吉野の丘陵に広がる梅林
- 榮山寺奈良時代の八角堂を伝える寺
木くすのき花ききょう五條市の木・花
五條市のなりたち
五條市(ごじょうし)は、奈良県南西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。牧野村・北宇智村・大阿太村・宇智村・南阿太村・五條町・野原村・阪合部村・南宇智村・白銀村・賀名生村・宗檜村・大塔村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の五條市になりました。
今の名前「五條市」は、1920年にあった五條市の名前を受け継いでいます。ほかの12の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は吉野郡・宇智郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧北宇智村の区域には北宇智駅(和歌山線)があります。
「五條市」という名前
市名は、五條町から受け継いだ地名です。「五條」の由来には、下街道・伊勢街道・西熊野街道・紀州街道・河内街道の五つの街道が集まる土地だったことにちなむという説があります。江戸時代には、街道を通る旅人や吉野川の水運を利用する物資が集まり、宿場町・市場町として発展しました。紀州街道沿いの新町通りには、そのころの町並みが残っています。
まちの成り立ち
1889年4月1日の町村制で、宇智郡に五條町・牧野村・北宇智村・宇智村・阿太村・野原村・南宇智村・阪合部村が発足しました。牧野村には和歌山県伊都郡真土村の一部も加わりました。1891年9月24日、阿太村は大阿太村と南阿太村に分かれます。野原村は1928年11月3日に町制を施行しました。
1952年7月1日、大阿太村の佐名伝が大淀町へ移りました。1957年10月15日、五條町・牧野村・北宇智村・宇智村・大阿太村・南阿太村・野原町・阪合部村の二町六村が合併し、五條市が誕生しました。1959年1月1日には南宇智村を編入し、宇智郡は消滅しています。
南の山間部では、1889年に白銀村・賀名生村・宗檜村・大塔村が置かれました。1959年4月1日、白銀村・賀名生村・宗檜村の三村が合併し、吉野郡西吉野村となります。2005年9月25日、西吉野村と大塔村が五條市に編入されました。
五條の街道沿いの町から、西吉野の果樹園、大塔の山間集落までが、一つの市域につながりました。西吉野町・大塔町の名は合併後の町名に残っています。吉野川沿いの新町の町並みや、賀名生に残る南朝ゆかりの史跡が、地域ごとの歩みを伝えています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、宇智郡に五條町(五條村・須恵村・新町村・二見村・大島村)・牧野村(中之村・上之村・北山村・大沢村・木ノ原村・畑田村・下之村・釜窪村と和歌山県伊都郡真土村の一部)・北宇智村(近内村・小和村・住川村・久留野村・居伝村・西久留野村・小山村・西河内村・出屋敷村)・宇智村(今井村・岡村・三在村・宇野村・小島村・六倉村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年宇智郡に阿太村(佐名伝村・東阿田村・西阿田村・山田村・原村・大野新田・島野村・湯谷市塚村・車谷村・滝村・南阿田村・八田村)・野原村(野原村・牧村)・南宇智村(霊安寺村・御山村・丹原村・生子村)・阪合部村(相谷村・上野村・犬飼村・阪合部新田・中村・黒駒村・大野村・樫辻村・山陰村・表野村・火打村・大津村・田殿村・大深村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年吉野郡に白銀村(汗入村・鹿場村・小古田村・南山村・八ツ川村・尼ヶ生村・唐戸村・奥谷村・夜中村・西新子村・平沼田村・百谷村・赤松村・湯川村)・賀名生村(和田村・屋那瀬村・向加名生村・大日川村・黒淵村・湯塩村・滝村・老野村・江出村・神野村・北曽木村)・宗檜村(勢井村・西日裏村・川股村・平雄村・茄子原村・本谷村・永谷村・立川渡村・宗川野村・西野村・阪巻村・城戸村・川岸村・陰地村・津越村・大峯村・檜川迫村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年吉野郡大塔村は辻堂村・殿野村・閉君村・宇井村・猿谷村・堂平村・飛養曽村・引土村・清水村・中峰村・中井傍示村・惣谷村・篠原村・坂本村・簾村・小代村・中原村・唐笠村の区域で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年葛上郡葛村は今住村・稲宿村・戸毛村・樋野村・古瀬村・朝町村・奉膳村・新田村・重阪村・内谷村の区域で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年9月24日明治24年宇智郡阿太村が分割され、佐名伝・東阿田・西阿田・山田・原・大野新田の区域で大阿太村、島野・湯谷市塚・車谷・滝・南阿田・八田の区域で南阿太村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1897年4月1日明治30年葛上郡・忍海郡の区域で南葛城郡が発足し、葛村は南葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1928年11月3日昭和3年宇智郡野原村が町制を施行し、野原町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1952年7月1日昭和27年宇智郡大阿太村の大字佐名伝が吉野郡大淀町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1957年10月15日昭和32年宇智郡五條町・牧野村・北宇智村・宇智村・大阿太村・南阿太村・野原町・阪合部村が合併し、五條市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1958年3月31日昭和33年南葛城郡御所町・葛村・葛上村・大正村が合併し、御所市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1959年1月1日昭和34年宇智郡南宇智村が五條市に編入され、宇智郡が消滅した。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1959年4月1日昭和34年吉野郡白銀村・賀名生村・宗檜村が合併し、西吉野村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1967年9月1日昭和42年五條市東阿田町の一部が吉野郡大淀町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1977年4月1日昭和52年御所市の大字重阪の一部と内谷の一部が五條市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1982年7月1日昭和57年吉野郡下市町と西吉野村の間で区域の一部が交換された。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 1994年1月14日平成6年五條市と吉野郡西吉野村の間で区域の一部が交換された。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp
- 2005年9月25日平成17年吉野郡西吉野村・大塔村が五條市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.nara.lg.jp/documents/12514/n040103.pdf
- www.city.gojo.lg.jp/material/files/group/31/masupura_1syo.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AE%87%E6%99%BA%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%90%89%E9%87%8E%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%91%9B%E4%B8%8A%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%97%E8%91%9B%E5%9F%8E%E9%83%A1&action=r