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川上村かわかみむら

川上村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の川上村

奈良県東南部、吉野川の源流に広がる村です。山々と深い谷に囲まれ、川沿いに集落が続きます。吉野杉の林業を育ててきた地域で、建築用材や木工品など森林を生かす仕事が根づいています。大迫ダムと大滝ダムがあり、水源地として森と水を守る活動も進めています。蜻蛉の滝や後南朝ゆかりの史跡が残り、柿の葉寿司などの山里の食文化も受け継がれています。

今の川上村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,156人です。今の区域で数えた1980年の4,151人とくらべると72.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は55.6%です。

1,156人人口(2020年)
−72.2%1980年からの増減
269.26km²面積(国土地理院)
4人/km²人口密度
55.6%65歳以上の割合
4,1511980199020052020
15歳未満 6.0%15〜64歳 38.4%65歳以上 55.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:吉野杉の林業と木材加工、川や森林、温泉を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • 吉野杉村の林業を代表する杉材
  • 木工品地元の吉野材を生かす工芸品
  • 柿の葉寿司家々や店で受け継ぐ郷土食

見どころ・祭り

  • 蜻蛉の滝あきつの小野公園にある滝
  • 大滝ダム吉野川に築かれたダム
  • 後南朝ゆかりの三之公後南朝の御所があったとされる地

木吉野杉花ヤマブキ鳥ヤマガラ川上村の木・花・鳥

川上村のなりたち

川上村(かわかみむら)は、奈良県南東部地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに川上村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は吉野郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
269km²今の面積

「川上村」という名前

「川上」は、現在の村ができる前から川上郷の名として使われていました。南朝の歴史や林業の歩みを伝える地域の名前です。1889年には、東川・西河・大滝・迫など二十三村をまとめて川上村が置かれました。村は吉野川の源流部にあり、山地と川沿いの集落が広がっています。川上の名そのものの語源を確定する説明ははっきりしていません。古い郷の名が、明治の村名として受け継がれています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、町村制により吉野郡川上村が発足しました。東川・西河・大滝・寺尾・北塩谷・迫・高原・人知・白屋・井戸など、吉野川の上流部にある二十三村をまとめた村です。川沿いの集落と奥深い谷の集落が、一つの行政区域としてまとまりました。

川上郷は、南朝や後南朝にかかわる歴史を伝える土地です。三之公には御所が置かれたとされ、長禄の変の際には村の人々が神器を取り戻す戦いに加わったという伝承が残っています。東川の運川寺などにも古い文化財が伝えられ、山里の信仰と歴史を物語ります。

山を育てる林業も、村の暮らしの柱となりました。吉野杉を使う建築用材や木工品づくりが続き、村内では柿の葉寿司などの郷土食も受け継がれています。山の仕事と川沿いの往来が、集落の生活を支えてきました。

1973年には大迫ダムが完成しました。1996年には川上宣言を発信し、水源地として森と水を守る村づくりを進めています。伊勢湾台風を契機に計画された大滝ダムは、2013年3月23日に竣工式典を迎えました。吉野川の源流に暮らす村として、木材の利用や水源の保全、川と森林を生かした活動が今も続いています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制により、東川村・西河村・大滝村・寺尾村・北塩谷村・迫村・高原村・人知村・白屋村・井戸村・武木村・下多古村・上多古村・神之谷村・柏木村・北和田村・中奥村・上谷村・大迫村・伯母谷村・入之波村・白川渡村・碇村の区域に吉野郡川上村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1973年川上村の大迫ダムが完成した。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp
  3. 1996年川上村が川上宣言を発信した。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川上村1889〜今

参考にした資料