今の下北山村
奈良県南部、北山川と大峯の山々に囲まれた村です。池原ダムの貯水池が広がり、水辺と森林の景色が続きます。前鬼には修験道の歴史が残り、大峯奥駈道へ向かう道が通ります。明神池や不動七重の滝など、山と水に結びついた信仰の場所も村の特色です。下北春まな、南朝みそ、栃餅や吉野杉の割箸などが作られ、山里の食文化と木材を生かす仕事が受け継がれています。
今の下北山村の区域の人口は、2020年の国勢調査で753人です。今の区域で数えた1980年の1,800人とくらべると58.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は48.6%です。
主な産業:林業や割箸づくり、下北春まななどの農産物生産、水辺と山の観光が行われています。
特産品・名産
- 下北春まな村に伝わる漬け菜の伝統野菜
- 南朝みそ大豆・米・塩・米麹で作る味噌
- 栃餅トチの実を使う山里の餅
見どころ・祭り
- 明神池池神社とともに信仰を集める池
- 前鬼・不動七重の滝前鬼の山中にある滝
- 下北山村歴史民俗資料館旧桑原病院を移築した資料館
木トチ花川つつじ鳥かわせみ下北山村の木・花・鳥
下北山村のなりたち
下北山村(しもきたやまむら)は、奈良県南東部地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに下北山村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は吉野郡に属していました。
「下北山村」という名前
「北山」は、昔の紀伊国牟婁郡の北部にある山里を呼んだ名前です。北山郷は上組と下組に分かれており、1889年の町村制で下組の村々をまとめて下北山村が置かれました。上組は上北山村となり、古い地域区分が二つの村名に残りました。下北山の「下」は、この北山郷下組を受け継いだものです。上池原・下池原・寺垣内・前鬼などの集落が、下北山村としてまとまりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制により吉野郡下北山村が発足しました。北山郷下組に属していた上池原・下池原・池峯・寺垣内・浦向・佐田・上桑原・下桑原・大瀬・前鬼の十村をまとめた村です。上組の村々は上北山村となり、北山郷の古いまとまりが二つの行政区域に引き継がれました。
北山郷は、かつて紀伊国牟婁郡に属した山里です。池原には江戸時代に蔵屋が置かれ、郷中の年貢の収納を担いました。南北朝ゆかりの寺社や、修験道を伝える前鬼の里も残っています。谷を越える道と川沿いの村々が、人の往来や山の仕事を支えてきました。
村は明治の発足以来、下北山村の名で続いています。山の暮らしを伝える歴史民俗資料館は、西村伊作が設計した旧桑原病院を移築した建物です。農機具や実利行者の遺品が収められ、村の仕事や信仰の歴史を伝えています。
昭和には池原ダムが完成し、大きな貯水池とダム周辺の景観が生まれました。現在は水辺や森林を生かした観光に加え、下北春まなや南朝みそ、吉野杉の割箸などを生産しています。前鬼の修験道と山里の暮らし、池原の湖が、今の下北山の姿を形づくっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制により、上池原村・下池原村・池峯村・寺垣内村・浦向村・佐田村・上桑原村・下桑原村・大瀬村・前鬼村の区域に吉野郡下北山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1965年下北山村の池原ダムが完成した。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.nara.lg.jp/documents/12514/n040103.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%90%89%E9%87%8E%E9%83%A1&action=raw
- www.vill.shimokitayama.nara.jp/about/about5.html
- www.vill.shimokitayama.nara.jp/about/
- www.vill.shimokitayama.nara.jp/kankou/tokusanhin.html
- www.vill.shimokitayama.nara.jp/kankou/seichi.html
- www.pref.nara.lg.jp/documents/13238/1-6.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%8B%E5%8C%97%E5%B1%B1%E6%9D%91&action=r