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御所市ごせし

1920年には8の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の御所市になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の御所市

奈良盆地の南西部、金剛山・葛城山の東麓にある市です。中央を葛城川が北へ流れ、東には曽我川流域と巨勢丘陵が広がります。御所の市街地には古い町家や寺社が残り、山麓には農地と集落が続きます。古代の葛城氏や巨勢氏にゆかりのある土地で、室宮山古墳などの大きな古墳が残ります。葛城山のつつじや、鴨都波神社の祭礼など、山の自然と町の行事が結び付いた地域でもあります。

今の御所市の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,096人です。今の区域で数えた1980年の37,387人とくらべると35.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.1%です。

24,096人人口(2020年)
−35.5%1980年からの増減
60.58km²面積(国土地理院)
398人/km²人口密度
42.1%65歳以上の割合
37,3871980199020052020
15歳未満 7.7%15〜64歳 50.3%65歳以上 42.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業と、金剛・葛城の自然や古い町並み・史跡を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • 御所柿甘柿の古い品種で市民が振興に取り組む
  • 鯖寿司(柿の葉寿司)御所まちの祭りで作られる郷土食
  • 御所芋焼酎「みかけによらず」御所芋を用いた焼酎

見どころ・祭り

  • 葛城山春のつつじで知られる山
  • 室宮山古墳古代葛城の歴史を伝える前方後円墳
  • 鴨都波神社ススキ提灯の祭礼を伝える古社

木くすの木花つつじ御所市の木・花

御所市のなりたち

御所市(ごせし)は、奈良県中部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。秋津村・掖上村・忍海村・吐田郷村・葛城村・大正村・御所町・葛村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の御所市になりました。

今の名前「御所市」は、1920年にあった御所市の名前を受け継いでいます。ほかの7の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は南葛城郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧掖上村の区域には掖上駅(和歌山線)があります。

81920年の町村の数
6回合併・編入の回数
61km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

「御所市」という名前

「御所」の名には、市内を流れる葛城川に五つの瀬があったことにちなむという説があります。また、孝昭天皇の御諸が「御所」に変わったとする説も伝わります。1958年に御所町・葛村・葛上村・大正村が合併した際、旧御所町の名を受け継いで御所市となりました。市章にも「ごせ」の頭文字が使われ、川の流れる町と周囲の山麓が一つの市に結ばれています。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制で、葛上郡に御所町と掖上村・秋津村・葛村・葛城村・吐田郷村が発足しました。櫛羅村・楢原村・鎌田村・三室村・東松本村・小林村・竹田村・西松本村は、それぞれ単独の村として町村組合をつくりました。1897年には葛上郡と忍海郡の区域が南葛城郡となります。

1915年1月1日、組合をつくっていた八村が合併し、大正村が生まれました。昭和の大合併では、1954年1月1日に秋津村、1955年2月1日に掖上村が御所町へ編入されています。

忍海村は1956年5月3日に北葛城郡新庄町へ編入されました。その後、同年7月10日に東辻と北十三、1957年10月1日に柳原・出屋敷・今城が新庄町から御所町へ移っています。南部では1956年9月1日、葛城村と吐田郷村が合併し、葛上村ができました。

1958年3月31日、御所町・葛村・葛上村・大正村の一町三村が合併して御所市が誕生しました。南葛城郡に残る全町村が市になり、郡は消滅しました。1977年4月1日には重阪と内谷の一部が五條市へ移っています。葛城川沿いの御所の町、金剛・葛城の山麓、巨勢丘陵に広がる集落が、合併を重ねて一つの市域を形づくりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、葛上郡に御所町・掖上村(東寺田村・柏原村・原谷村・玉手村・茅原村・南十三村・本馬村)・秋津村(池之内村・室村・蛇穴村・条村・富田村)・葛村(今住村・稲宿村・戸毛村・樋野村・古瀬村・朝町村・奉膳村・新田村・重阪村・内谷村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年葛上郡に葛城村(小殿村・下茶屋村・佐田村・井戸村・南郷村・極楽寺村・高天村・北窪村・西北窪村・伏見村・朝妻村・僧堂村・鴨神村・西佐味村・東佐味村・船路村・五百家村・林村・西持田村・東持田村・栗阪村・鳥井戸村)と吐田郷村(名柄村・豊田村・森脇村・宮戸村・西寺田村・多田村・東名柄村・増村・関屋村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年葛上郡櫛羅村・楢原村・鎌田村・三室村・東松本村・小林村・竹田村・西松本村がそれぞれ単独で村制を施行し、八村で町村組合を組織した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1889年4月1日明治22年葛下郡新庄村は新庄村・寺口村・葛木村・南藤井村・大屋村・北花内村・柿本村・笛堂村・西室村・東室村・北道穂村・南道穂村・弁之庄村・中戸村・疋田村の区域で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  5. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、忍海郡の全十五村の区域で忍海村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  6. 1897年4月1日明治30年葛上郡・忍海郡の区域で南葛城郡が発足し、御所町・掖上村・秋津村・葛村・葛城村・吐田郷村・櫛羅村・楢原村・鎌田村・三室村・東松本村・小林村・竹田村・西松本村・忍海村は南葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  7. 1897年4月1日明治30年葛下郡・広瀬郡の区域で北葛城郡が発足し、新庄村は北葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  8. 1915年1月1日大正4年南葛城郡櫛羅村・楢原村・鎌田村・三室村・東松本村・小林村・竹田村・西松本村が合併し、大正村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
  9. 1923年8月31日大正12年北葛城郡新庄村が町制を施行し、新庄町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  10. 1954年1月1日昭和29年南葛城郡秋津村が御所町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  11. 1955年2月1日昭和30年南葛城郡掖上村が御所町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  12. 1956年5月3日昭和31年南葛城郡忍海村が北葛城郡新庄町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  13. 1956年7月10日昭和31年北葛城郡新庄町の大字東辻・北十三が南葛城郡御所町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  14. 1956年9月1日昭和31年南葛城郡葛城村・吐田郷村が合併し、葛上村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
  15. 1957年10月1日昭和32年北葛城郡新庄町の大字柳原・出屋敷・今城が南葛城郡御所町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  16. 1958年3月31日昭和33年南葛城郡御所町・葛村・葛上村・大正村が合併し、御所市が生まれ、南葛城郡が消滅した。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
  17. 1977年4月1日昭和52年御所市の大字重阪の一部と内谷の一部が五條市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

御所市1958〜今
大正村1889〜1958
御所町1889〜1958同じ名前の駅:御所駅
掖上村1889〜1955同じ名前の駅:掖上駅
秋津村1889〜1954
葛村1889〜1958
葛上村1956〜1958
吐田郷村1889〜1956
葛城村1889〜1956
忍海村1889〜1956

参考にした資料