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下市町しもいちちょう

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の下市町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の下市町

奈良県の吉野郡北西部、奥吉野への入口にある町です。北側を吉野川が流れ、秋野川や丹生川沿いには市街地と山間の集落が続きます。大和平野と吉野山地を結ぶ市場町として栄え、杉の割箸やヒノキの三宝・神具を作る仕事が発達しました。栃原は柿の産地で、柿の葉寿司に使う葉も生産します。丹生川上神社下社や願行寺などの寺社、岡峯古墳も町の歴史を伝えています。

今の下市町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,037人です。今の区域で数えた1980年の11,460人とくらべると56.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.8%です。

5,037人人口(2020年)
−56.0%1980年からの増減
61.99km²面積(国土地理院)
81人/km²人口密度
46.8%65歳以上の割合
11,4601980199020052020
15歳未満 6.5%15〜64歳 46.7%65歳以上 46.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:杉の割箸とヒノキの三宝・神具を作る木工業、柿栽培が行われています。

特産品・名産

  • 吉野杉の割箸杉の木目を生かす伝統の箸
  • 三宝・神具吉野ヒノキの白木を使う工芸品
  • 柿栃原地域で栽培される果物

見どころ・祭り

  • 丹生川上神社下社町内に鎮座する神社
  • 願行寺町内に残る寺
  • 岡峯古墳6世紀後半の横穴式石室を持つ円墳

木杉花松葉ぼたん下市町の木・花

下市町のなりたち

下市町(しもいちちょう)は、奈良県南東部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。秋野村・丹生村・下市町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の下市町になりました。

今の名前「下市町」は、1920年にあった下市町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の下市町が約27km²だったのに対し、今の下市町は約61km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は吉野郡に属していました。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
62km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「下市町」という名前

「下市」の名は、多くの人や物が集まる市場町として栄えたことにちなむとされています。吉野山地と大和平野を結ぶ交通の要地で、森林資源などの交易が町を育てました。町には商業手形の「下市札」も伝わります。1889年の下市村は周辺の村をまとめて発足し、翌年に下市町となりました。昭和の合併で秋野村と丹生村が加わった後も、市場町の歴史を伝える下市の名が続いています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には吉野郡下市村・秋野村・南芳野村が発足しました。下市村は下市・阿知賀・小路・新住・栃原など十一村をまとめ、秋野村は四・立石・広橋の三村からできました。町の北側では、翌1890年4月1日に下市村が町制を施行して下市町となりました。

南の地域では1912年7月1日、南芳野村が丹生村と黒滝村に分かれました。丹生・長谷・谷・西山・貝原・黒木は丹生村となり、才谷は黒滝村に属しました。1949年5月3日には、黒滝村の大字才谷が秋野村に移っています。現在の区域へ至るまで、南部では分村と一部区域の移管が重なりました。

昭和の大合併期の1956年(昭和31年)1月1日、秋野村が下市町に編入されました。同年9月30日には丹生村も編入され、川沿いの市場町と秋野川・丹生川沿いの山間の集落が一つの町にまとまりました。1982年には西吉野村と区域の一部を交換しています。

市場町として育った下市には、木材を生かす仕事が根づきました。杉の割箸やヒノキの三宝・神具づくりが受け継がれ、栃原では柿が栽培されています。寺社のある町並みと山間の農林業が、今も暮らしを支えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制により、吉野郡下市村(下市村・阿知賀村・小路村・新住村・栃原村・平原村・梨子堂村・原谷村・石堂谷村・栃本村・善城村)、秋野村(四村・立石村・広橋村)、南芳野村(赤滝村・中戸村・寺戸村・脇川村・槙尾村・鳥住村・粟飯谷村・堂原村・御吉野村・長瀬村・桂原村・笠木村・才谷村・丹生村・長谷村・谷村・西山村・貝原村・黒木村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年4月1日明治23年吉野郡下市村が町制を施行し、下市町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  3. 1912年7月1日明治45年吉野郡南芳野村が分割され、黒滝村・丹生村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.nara.lg.jp
  4. 1949年5月3日昭和24年吉野郡黒滝村の大字才谷が秋野村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  5. 1956年1月1日昭和31年吉野郡秋野村が下市町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  6. 1956年9月30日昭和31年吉野郡丹生村が下市町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  7. 1982年7月1日昭和57年吉野郡下市町と西吉野村の間で区域の一部が交換された。種類:その他 出典:www.pref.nara.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

下市町1890〜今
丹生村1912〜1956
秋野村1889〜1956

参考にした資料