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大和高田市やまとたかだし

1920年には7の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の大和高田市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の大和高田市

奈良盆地の南西部にある市です。葛城山麓や二上山麓から続く扇状地に位置し、高田川と葛城川が流れます。専立寺の門前を中心に商業が育ち、綿花取引から繊維工業へと発展しました。今も靴下などの繊維製品が地場産業を支えています。周辺の農地ではねぎや葉物野菜を栽培しています。高田川畔と大中公園の桜、古い街道沿いの寺院や町並みが、商都として歩んだ町の景観を形づくっています。

今の大和高田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で61,744人です。今の区域で数えた1980年の61,711人とくらべると0.1%ふえ、人口は1995年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.6%です。

61,744人人口(2020年)
+0.1%1980年からの増減
16.48km²面積(国土地理院)
3,747人/km²人口密度
31.6%65歳以上の割合
73,8061980199020052020
15歳未満 9.8%15〜64歳 58.7%65歳以上 31.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:繊維製品の製造と商業が発達し、ねぎや葉物野菜の栽培も行われています。

特産品・名産

  • ねぎ市がブランド化した特産野菜の一つ
  • ほうれんそう特産野菜として栽培・出荷される
  • こまつな市の特産野菜五品目の一つ

見どころ・祭り

  • 高田千本桜高田川畔や大中公園に続く桜
  • 不動院(大日堂)市街地にある寺院
  • 太神宮の高燈籠伊勢街道の旅人の道しるべ

木さざんか花コスモス大和高田市の木・花

大和高田市のなりたち

大和高田市(やまとたかだし)は、奈良県中部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。松塚村・土庫村・高田町・磐園村・浮孔村・陵西村・天満村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の大和高田市になりました。

今の名前「大和高田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の浮孔村が約4km²だったのに対し、今の大和高田市は約16km²と、およそ4.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北葛城郡・高市郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧高田町の区域には高田駅(桜井線)があります。

71920年の町村の数
5回合併・編入の回数
16km²今の面積
1957年いちばん新しい合併

「大和高田市」という名前

市名は、1889年に発足した高田町の名を受け継いでいます。1948年の市制施行では、旧国名の大和を冠して「大和高田市」となりました。新潟県にすでに高田市があったためとされています。高田の名は中世の高田城や、近世に専立寺の門前で発展した高田の町にも使われてきました。商業の町として歩んだ土地の名が、今の市名につながっています。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制で、高田村・山内村と中井戸村の一部を合わせ、葛下郡高田町が発足しました。周辺には土庫村・松塚村・浮孔村・磐園村・陵西村が置かれました。1897年に葛下郡と広瀬郡がまとまり、高田町などは北葛城郡に属します。

1901年には浮孔村の三倉堂の一部を編入しました。1927年8月22日には土庫村・松塚村、1941年1月1日には浮孔村・磐園村を編入し、町域を広げています。1948年1月1日、高田町は市制を施行し、大和高田市となりました。奈良県では奈良市に次ぐ二番目の市でした。

昭和の大合併では、1956年9月30日に陵西村、1957年3月1日に高市郡天満村を編入しました。同年7月1日には広陵町の池尻と藤森の一部が加わり、箸喰は橿原市へ移っています。こうして葛下郡の町村を中心に、高市郡や旧広瀬郡の一部も含む市域がまとまりました。

高田は専立寺の門前に商人が集まり、綿花の取引で栄えた町です。近代には紡績や繊維の工業が育ちました。高田川沿いの市街地と、その周囲に広がった農村が、合併を重ねて一つの市になっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、葛下郡に高田町(高田村・山内村・中井戸村の一部)・土庫村(土庫村・中井戸村の大部分)・松塚村・浮孔村(三倉堂村・東中村・曽大根村・勝目村・田井村・今里村・今里村川合方)・磐園村(磯野村・大中村・有井村・神楽村・築山村)・陵西村(池田村・大谷村・野口村・市場村・岡崎村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年高市郡の奥田村・吉井村・根成柿村・秋吉村・西坊城村・出村・箸喰村の区域で天満村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年広瀬郡に瀬南村(池尻村・藤森村・南郷村・古寺村)・馬見村(三吉村・疋相村・平尾村・安部村・大塚村・笠村)・百済村(百済村・広瀬村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1897年4月1日明治30年葛下郡・広瀬郡の区域で北葛城郡が発足し、高田町・土庫村・松塚村・浮孔村・磐園村・陵西村・瀬南村・馬見村・百済村は北葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1901年4月1日明治34年北葛城郡浮孔村の大字三倉堂の一部が高田町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  6. 1927年8月22日昭和2年北葛城郡土庫村・松塚村が高田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  7. 1941年1月1日昭和16年北葛城郡浮孔村・磐園村が高田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  8. 1948年1月1日昭和23年北葛城郡高田町が市制を施行し、大和高田市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  9. 1953年5月1日昭和28年北葛城郡馬見村が町制を施行し、馬見町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  10. 1955年4月15日昭和30年北葛城郡馬見町・瀬南村・百済村が合併し、広陵町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
  11. 1956年9月30日昭和31年北葛城郡陵西村が大和高田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  12. 1957年3月1日昭和32年高市郡天満村が大和高田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  13. 1957年7月1日昭和32年北葛城郡広陵町の大字池尻と藤森の一部(363の1・363の3・364の1・364の3・365の3を除く区域)が大和高田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  14. 1957年7月1日昭和32年大和高田市の大字箸喰が橿原市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大和高田市1927〜今
天満村1889〜1957
陵西村1889〜1956
磐園村1889〜1941
浮孔村1889〜1941
松塚村1889〜1927
土庫村1889〜1927
高田町1889〜1927同じ名前の駅:高田駅

参考にした資料