奈良県 › 葛城市

葛城市かつらぎし

1920年には4の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の葛城市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の葛城市

奈良盆地の西部、二上山などの山並みの東麓に広がる市です。西は山地と丘陵、東は平坦な農地や市街地で、大阪府と県境を接します。新庄の陣屋町と當麻寺の門前の町が、合併して一つの市となりました。竹内街道沿いには古い集落があり、當麻寺には東西の塔が残ります。平地では菊などの花を栽培し、繊維などの地場産業も続いています。山麓の自然と、寺院・街道の文化が暮らしに近い地域です。

今の葛城市の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,832人です。今の区域で数えた1980年の29,546人とくらべると24.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は28.1%です。

36,832人人口(2020年)
+24.7%1980年からの増減
33.72km²面積(国土地理院)
1,092人/km²人口密度
28.1%65歳以上の割合
36,8321980199020052020
15歳未満 15.3%15〜64歳 56.6%65歳以上 28.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:菊などの花の栽培、繊維などの製造業と、寺院や街道を生かした観光が行われています。

特産品・名産

  • 二輪菊市の花にもなった切り花の特産品
  • 中将餅よもぎ餅に餡を添えた當麻の銘菓
  • えんどう味噌當麻の家で作られる地域の伝統食

見どころ・祭り

  • 當麻寺東西二塔と中将姫伝説を伝える寺
  • 相撲館けはや座相撲の歴史や土俵を紹介する施設
  • 竹内街道山麓の集落を通る古い街道

木いちいがし、くすのき花きく、ぼたん鳥うぐいす葛城市の木・花・鳥

葛城市のなりたち

葛城市(かつらぎし)は、奈良県中部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。磐城村・忍海村・当麻村・新庄村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の葛城市になりました。

今の名前「葛城市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の新庄村が約12km²だったのに対し、今の葛城市は約33km²と、およそ2.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北葛城郡・南葛城郡に属していました。

41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
34km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「葛城市」という名前

市名の「葛城」は、新庄町と當麻町が属していた北葛城郡など、この地域で古くから使われてきた名にちなみます。2004年10月1日、二町が合併して葛城市が誕生しました。市の西には二上山をはじめとする山並みが連なり、山麓には當麻寺や古い集落が広がります。市章の二つの円も旧新庄町と旧當麻町を表し、二町が一つの市となったことを示しています。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制で、葛下郡に新庄村・當麻村・磐城村、忍海郡に忍海村が発足しました。新庄村は新庄や寺口、葛木、北花内などの集落をまとめ、當麻村は当麻・勝根・加守・今在家・染野・新在家の区域で生まれました。1897年の郡の再編で、新庄・當麻・磐城は北葛城郡、忍海は南葛城郡に属します。

1923年8月31日、新庄村が町制を施行しました。昭和の大合併では、1956年4月1日に當麻村と磐城村が合併し、新しい當麻村が発足します。同年5月3日には忍海村が新庄町へ編入されました。その後、東辻と北十三は同年7月10日、柳原・出屋敷・今城は1957年10月1日に御所町へ移っています。

1966年4月1日、當麻村は町制を施行し、當麻町となりました。新庄町と當麻町は2004年10月1日に合併し、葛城市をつくりました。奈良県の平成の合併で最初に誕生した市です。

新庄は陣屋町、當麻は寺院の門前や竹内街道の沿線として歩みました。合併後もそれぞれの町名が地域の名として残り、山麓の集落と平野の市街地を結んでいます。菊の栽培や地場産業、古い街道と寺院が、二町の歴史を今の市へ伝えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年葛下郡新庄村は新庄村・寺口村・葛木村・南藤井村・大屋村・北花内村・柿本村・笛堂村・西室村・東室村・北道穂村・南道穂村・弁之庄村・中戸村・疋田村の区域で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、忍海郡の全十五村の区域で忍海村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年葛下郡に當麻村(当麻村・勝根村・加守村・今在家村・染野村・新在家村)と磐城村(竹ノ内村・長尾村・木戸村・尺土村・八川村・南今市村・岩橋村・大畑村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1897年4月1日明治30年葛下郡・広瀬郡の区域で北葛城郡が発足し、新庄村・當麻村・磐城村は北葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1897年4月1日明治30年葛上郡・忍海郡の区域で南葛城郡が発足し、忍海村は南葛城郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  6. 1923年8月31日大正12年北葛城郡新庄村が町制を施行し、新庄町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  7. 1956年4月1日昭和31年北葛城郡當麻村・磐城村が合併し、新しい當麻村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp
  8. 1956年5月3日昭和31年南葛城郡忍海村が北葛城郡新庄町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  9. 1956年7月10日昭和31年北葛城郡新庄町の大字東辻・北十三が南葛城郡御所町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  10. 1957年10月1日昭和32年北葛城郡新庄町の大字柳原・出屋敷・今城が南葛城郡御所町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.nara.lg.jp
  11. 1966年4月1日昭和41年北葛城郡當麻村が町制を施行し、當麻町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nara.lg.jp
  12. 2004年10月1日平成16年北葛城郡新庄町・當麻町が合併し、葛城市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.nara.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

葛城市2004〜今
当麻村→當麻村→當麻町1889〜2004
磐城村1889〜1956
新庄村→新庄町1889〜2004
忍海村1889〜1956

参考にした資料