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蔵王町ざおうまち

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の蔵王町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の蔵王町

宮城県南部の刈田郡にある町で、蔵王連峰の東のふもとに位置します。町域の約6割が山林や原野で、町の中央を松川が流れて渓谷をつくります。東部は水田と果樹園が広がる田園地帯で、果樹づくりが盛んです。西部は蔵王国定公園に含まれ、刈田岳や御釜がある蔵王の山々に向かう道の途中に、遠刈田温泉の温泉街があります。

今の蔵王町の区域の人口は、2020年の国勢調査で11,418人です。今の区域で数えた1980年の13,833人とくらべると17.5%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.3%です。

11,418人人口(2020年)
−17.5%1980年からの増減
159.4km²面積(概算)
72人/km²人口密度
38.3%65歳以上の割合
14,1751980199020052020
15歳未満 10.3%15〜64歳 51.4%65歳以上 38.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米や果樹、ツルムラサキなどの農業と、温泉を中心とした観光業が盛んです。

特産品・名産

  • もも町章にも描かれる町の特産
  • ツルムラサキハウス栽培の出荷高が日本一とされる

見どころ・祭り

  • 御釜・刈田岳蔵王連峰の火口湖と山
  • 遠刈田温泉蔵王観光の拠点になる温泉街
  • 三階の滝日本の滝百選に選ばれた滝

木五葉松花ももの花蔵王町の木・花

蔵王町のなりたち

蔵王町(ざおうまち)は、宮城県仙南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。円田村・宮村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の蔵王町になりました。

今の名前「蔵王町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の宮村が約105km²だったのに対し、今の蔵王町は約159km²と、およそ1.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は刈田郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
159km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「蔵王町」という名前

町の名は、町が蔵王連峰の一部をふくむことによります。1955年(昭和30年)に宮村と円田村が合併したとき、町域が蔵王連峰の東のふもとに広がることから、蔵王町と名づけられました。町の西の端には、標高1825メートルの屏風岳があります。町章も「ざおう」の「ざ」の字をもとに、蔵王連峰の山の形を描いています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、刈田郡の宮村は単独で村となりました。曲竹・矢附・円田・塩沢・平沢・小村崎の6つの村は合わさって円田村になりました。

1955年(昭和30年)4月1日、宮村と円田村が合併し、蔵王町が発足しました。町が生まれて4年後の1959年(昭和34年)3月には、一般から募集した町章が定められました。町章には蔵王連峰を表す山の形と、特産のももの形が描かれ、町の発展と住民の和を表しています。

町は蔵王連峰の東のふもとにあり、町域の約6割が山林や原野です。町の中央を松川が流れて渓谷をつくり、東部には水田が広がり、丘陵地を生かした果樹づくりは県内でも有数の生産量があります。ツルムラサキのハウス栽培も盛んです。西部は蔵王国定公園に含まれ、遠刈田温泉が蔵王観光の拠点になっています。第二次世界大戦のあと、パラオからの引揚者が入植した地区は「北のパラオ」の意味で「北原尾」と名づけられました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、刈田郡に宮村と円田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1955年4月1日昭和30年刈田郡の円田村と宮村が合併して蔵王町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.zao.miyagi.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

蔵王町1955〜今
円田村1889〜1955
宮村1889〜1955

参考にした資料