今の七ヶ宿町
宮城県南西部、蔵王連峰の南の麓にある山あいの町です。奥羽山脈のほぼ中央にあり、福島県と山形県に接します。山がちな地形で、集落は白石川に沿った河岸段丘に点在します。白石川をせき止めた七ヶ宿ダムがあり、長老湖もあります。白石市と蔵王町にも接します。江戸時代には街道の宿場が連なった土地で、国道113号が白石川に沿って走ります。
今の七ヶ宿町の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,262人です。今の区域で数えた1980年の2,926人とくらべると56.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.2%です。
主な産業:そばや米づくりと、ダム湖などを訪れる観光が主です。
特産品・名産
- そば町内にそば店が並ぶ「そば街道」がある
- 七ヶ宿ダム湖カレー道の駅七ヶ宿のレストランの名物
見どころ・祭り
- 七ヶ宿ダム1991年に完成した白石川のダム
- 滑津大滝町を代表する滝
- 長老湖不忘山を望む湖
- 道の駅七ヶ宿特産品の売店やレストランがある
木コブシの木花乙女ゆり鳥山鳩七ヶ宿町の木・花・鳥
七ヶ宿町のなりたち
七ヶ宿町(しちかしゅくまち)は、宮城県仙南地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに七ヶ宿村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は刈田郡に属していました。
「七ヶ宿町」という名前
町名は、街道沿いに七つの宿場が置かれたことによります。羽州街道と奥州街道を結ぶ「山中通小坂越」(山中七ヶ宿街道)に、仙台藩の領内で上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原の七つの宿場がありました。この街道は白石川に沿って町を東西に貫き、いまは国道113号になっています。
まちの成り立ち
江戸時代の七ヶ宿は、山中七ヶ宿街道の宿場が連なる土地でした。明治時代に日本鉄道の白石駅ができると、車馬の通れる道が整えられ、街道はいっそうにぎわいました。しかし1899年(明治32年)に福島と米沢を結ぶ奥羽南線が開業すると、奥羽山脈を越えるこの街道を通る人や荷物は急に減りました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、関村・渡瀬村・滑津村・湯原村の区域をまとめ、刈田郡に七ヶ宿村が発足しました。その後、周りの町村と合併することはなく、1957年(昭和32年)4月1日に町制を施行して七ヶ宿町となりました。
白石川には七ヶ宿ダムが造られ、水没する地区の多くの世帯が1982年(昭和57年)までに移転しました。ダムは1991年(平成3年)10月22日に完成しています。町は山がちで、住める土地は面積の1割ほどしかなく、国道113号沿いの白石川の河岸段丘に集落が点在しています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、刈田郡の関村・渡瀬村・滑津村・湯原村の区域で七ヶ宿村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年刈田郡七ヶ宿村が町制を施行して七ヶ宿町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。