今の名取市
宮城県の中央南部、太平洋に面した市で、仙台市の南に隣り合います。西は高舘丘陵、東は仙台平野で、北の仙台市との境を名取川が流れ、河口に閖上港があります。市内に仙台空港があり、東北本線や東北自動車道も通ります。閖上の赤貝や仙台せりなどの産地として知られます。貞山運河が阿武隈川と松島湾を結んでいます。閖上の沿岸は東日本大震災で津波の被害を受けました。
今の名取市の区域の人口は、2020年の国勢調査で78,718人です。今の区域で数えた1980年の49,715人とくらべると58.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.0%です。
主な産業:仙台空港に関わる産業と、閖上の漁業、せりやカーネーションの栽培があります。
特産品・名産
- 閖上赤貝日本有数の水揚げ量がある赤貝
- 仙台せり全国屈指の生産量がある名取の名産
- カーネーション東北一の生産量がある花
見どころ・祭り
- 雷神山古墳東北地方最大の前方後円墳
- 貞山運河阿武隈川と松島湾を結ぶ運河
- ゆりあげ港朝市閖上港近くで開かれる朝市
- かわまちてらす閖上閖上の名取川沿いの商業施設
- 実方中将の墓平安時代の歌人藤原実方の墓
木クロマツ花ハナモモ名取市の木・花
名取市のなりたち
名取市(なとりし)は、宮城県仙台地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。高舘村・東多賀村・増田町・愛島村・下増田村・舘腰村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の名取市になりました。
今の名前「名取市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の高舘村が約29km²だったのに対し、今の名取市は約101km²と、およそ3.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は名取郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、名取郡は1988年(昭和63年)3月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧増田町の区域には増田駅(東北本線)があります。
「名取市」という名前
「名取」の由来ははっきりしていませんが、アイヌ語に由来するとする説があります。名取は古代からの郡の名で、今の仙台市南部から岩沼市までを含む名取郡として長く使われてきました。1955年(昭和30年)に郡内の6つの町村が合併したとき、この郡の名をとって名取町と名づけられ、1958年(昭和33年)の市制施行で名取市となりました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、名取郡に増田村・東多賀村・下増田村・館腰村・愛島村・高舘村が発足しました。1896年(明治29年)に増田村が町制を施行して増田町に、1928年(昭和3年)には東多賀村が町制を施行するとともに名前を改めて閖上町になりました。1940年(昭和15年)には下増田村に陸軍の飛行場がつくられ、これがのちの仙台空港になりました。
1955年(昭和30年)4月1日、増田町・閖上町・下増田村・館腰村・愛島村・高舘村が合併して名取町が発足しました。1958年(昭和33年)10月1日には市制を施行し、名取市となりました。
市は仙台市の南どなりにあり、仙台のベッドタウンとして住宅地が広がりました。2007年(平成19年)には仙台空港と名取駅を結ぶ仙台空港鉄道が開業しました。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、旧閖上町の中心部や下増田の沿岸部が津波に襲われ、多くの犠牲者が出ました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、名取郡に増田村・東多賀村・下増田村・館腰村・愛島村・高舘村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年6月30日明治29年名取郡増田村が町制を施行して増田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年名取郡東多賀村が町制を施行するとともに改称して閖上町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年名取郡の増田町・閖上町・下増田村・館腰村・愛島村・高舘村が合併して名取町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1958年10月1日昭和33年名取郡名取町が市制を施行して名取市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。