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気仙沼市けせんぬまし

1920年には10の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の気仙沼市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の気仙沼市

宮城県の北東端にあり、太平洋に面した三陸海岸の港町です。気仙沼湾の奥に市街地が開け、湾には大島が浮かび、北には唐桑半島が突き出しています。内陸側は丘陵と山地で、大川などの川が湾に注ぎます。マグロ、カツオ、サンマの水揚げが多い漁港で、市中心部には水産加工団地があります。ふかひれの産地としても知られます。2011年の東日本大震災では、海沿いの市街地が津波で被害を受けました。

今の気仙沼市の区域の人口は、2020年の国勢調査で61,147人です。今の区域で数えた1980年の92,246人とくらべると33.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.7%です。

61,147人人口(2020年)
−33.7%1980年からの増減
345.9km²面積(概算)
177人/km²人口密度
38.7%65歳以上の割合
92,2461980199020052020
15歳未満 9.0%15〜64歳 52.3%65歳以上 38.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業・水産加工業と観光業が中心です。

特産品・名産

  • ふかひれサメの水揚げが多く、ふかひれの産地として知られる
  • カツオ・サンマ全国有数の水揚げがある魚
  • カキ・ホタテ湾内で養殖される貝

見どころ・祭り

  • 唐桑半島(巨釜・半造・御崎)三陸の海岸景観が楽しめる半島
  • 大島十八鳴浜など自然が残る離島
  • リアス・アーク美術館石山修武が設計した美術館
  • 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館旧向洋高校校舎を保存した震災遺構
  • 徳仙丈山国内最大級のツツジ群生地

木クロマツ花ヤマツツジ鳥ウミネコ気仙沼市の木・花・鳥

気仙沼市のなりたち

気仙沼市(けせんぬまし)は、宮城県気仙沼・本吉地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。鹿折村・松岩村・御岳村・大谷村・小泉村・新月村・大島村・階上村・唐桑村・気仙沼町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の気仙沼市になりました。

今の名前「気仙沼市」は、1920年にあった気仙沼町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の気仙沼町が約9km²だったのに対し、今の気仙沼市は約346km²と、およそ36.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は本吉郡に属していました。

101920年の町村の数
5回合併・編入の回数
346km²今の面積
2009年いちばん新しい合併

「気仙沼市」という名前

「気仙沼」は、古くは「計仙麻(けせま)」と書かれました。901年に完成した歴史書『日本三代実録』に、この地名が出てきます。語源には諸説あり、アイヌ語の「ケセ・モイ」(はての入り江)にさかのぼるとする説が有力とされています。朝廷の力がこの地に及ぶと「計仙麻」の字が当てられ、のちに「気仙沼」と書かれるようになったといわれます。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で本吉郡に気仙沼町が発足しました。周りには鹿折村・松岩村・新月村・階上村・大島村・唐桑村・御嶽村・大谷村・小泉村ができました。1941年(昭和16年)に御嶽村が町制を施行して津谷町となり、1951年(昭和26年)には鹿折村が町制を施行して鹿折町となりました。

戦後、気仙沼町は市制をめざして周りの町村と話し合いを進めました。1953年(昭和28年)6月1日、気仙沼町・鹿折町・松岩村が合併し、気仙沼市が生まれました。1955年(昭和30年)4月1日には新月村・階上村・大島村が編入されました。同じ年、唐桑村は2月に町制を施行して唐桑町となり、3月には津谷町・大谷村・小泉村が合併して本吉町が発足しました。

2006年(平成18年)3月31日、気仙沼市と唐桑町が新設合併し、新しい気仙沼市となりました。2009年(平成21年)9月1日には本吉町が編入され、今の市域になりました。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、津波と火災で海沿いの市街地が大きな被害を受けました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、本吉郡に気仙沼町・鹿折村・松岩村・新月村・階上村・大島村・唐桑村・御嶽村・大谷村・小泉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1941年11月3日昭和16年本吉郡御嶽村が町制を施行するとともに改称して津谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1951年4月1日昭和26年本吉郡鹿折村が町制を施行して鹿折町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1953年6月1日昭和28年本吉郡の気仙沼町・鹿折町・松岩村が合併し、気仙沼市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1955年2月11日昭和30年本吉郡唐桑村が町制を施行して唐桑町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1955年3月30日昭和30年本吉郡の津谷町・大谷村・小泉村が合併して本吉町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年4月1日昭和30年本吉郡の新月村・階上村・大島村が気仙沼市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 2006年3月31日平成18年気仙沼市と本吉郡唐桑町が合併し、改めて気仙沼市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.miyagi.jp
  9. 2009年9月1日平成21年本吉郡本吉町が気仙沼市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.miyagi.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

気仙沼町→気仙沼市1889〜今
本吉町1955〜2009
御岳村→津谷町1889〜1955
大谷村1889〜1955
小泉村1889〜1955
唐桑村→唐桑町1889〜2006
新月村1896〜1955
大島村1889〜1955
階上村1889〜1955
鹿折村1896〜1953
松岩村1889〜1953

参考にした資料