今の石巻市
宮城県北東部の太平洋沿岸にある港町です。旧北上川が市のほぼ中央を南北に流れ、河口に石巻漁港があります。川の西側は石巻平野と北上川がつくった肥沃な土地で、稲作が盛んです。東側は北上山地とリアス式海岸で、牡鹿半島や金華山まで続きます。水産業と商業が中心で、木材・製紙などの工業もあります。市内には震災の記憶を伝える遺構もあります。
今の石巻市の区域の人口は、2020年の国勢調査で140,151人です。今の区域で数えた1980年の186,094人とくらべると24.7%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.7%です。
主な産業:水産業と商業が中心で、木材や製紙などの工業もあります。
特産品・名産
- 雄勝硯雄勝地区に伝わる硯
- 石巻焼きそば市のご当地の焼きそば
- 笹かまぼこ港町で作られる魚のすり身の練り物
- ホヤ牡鹿半島から北の海で養殖される
見どころ・祭り
- 石ノ森萬画館旧北上川の中瀬にあるマンガの記念館
- 石井閘門明治13年完成の煉瓦の閘門。国の重要文化財
- 神割崎北上地区の海岸の景勝地
- 金華山牡鹿半島の沖にある島。黄金山神社がある
- 石巻市震災遺構門脇小学校津波と火災の被害を伝える遺構
木クロマツ花ツツジ石巻市の木・花
石巻市のなりたち
石巻市(いしのまきし)は、宮城県石巻地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、21の町村がありました。蛇田村・中津山村・飯野川町・大川村・大谷地村・二俣村・前谷地村・北村・鹿又村・広淵村・須江村・大原村・鮎川村・十三浜村・橋浦村・荻浜村・渡波町・稲井村・桃生村・十五浜村・石巻町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の石巻市になりました。
今の名前「石巻市」は、1920年にあった石巻町の名前を受け継いでいます。ほかの20の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の石巻町が約28km²だったのに対し、今の石巻市は約574km²と、およそ20.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は本吉郡・桃生郡・牡鹿郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、桃生郡は2005年(平成17年)4月1日に廃止されました。
「石巻市」という名前
「石巻」の名の由来には、いくつかの説があります。市内の住吉町にある巻石という岩のまわりで、川の水が渦を巻いて流れていたことによるとする説があります。市街地の東にある牧山が、むかし「石巻山」と呼ばれていたことによるとする説もあります。ほかに、『日本書紀』に出てくる「伊寺水門」にさかのぼるとする説もあります。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、石巻村・門脇村・湊村が合わさり、牡鹿郡に石巻町が生まれました。北上川の河口にひらけた港町です。1933年(昭和8年)4月1日に市制を施行し、石巻市となりました。
戦後、1955年(昭和30年)1月に蛇田村が、同じ年の4月に荻浜村が編入されました。1959年(昭和34年)5月には渡波町が分けられ、石巻市と稲井町に編入されました。稲井町は1967年(昭和42年)3月に石巻市に編入されています。
周りの地域では、1955年に桃生郡で河北町・河南町・桃生町が、牡鹿郡で牡鹿町が生まれました。橋浦村と本吉郡の十三浜村は同じ年に北上村となり、1962年(昭和37年)に町制を施行して北上町になりました。雄勝町は1941年(昭和16年)に十五浜村が町制を施行してできた町です。
2005年(平成17年)4月1日、石巻市と河北町・雄勝町・河南町・桃生町・北上町・牡鹿町の1市6町が新設合併して、新しい石巻市が発足しました。市域は北上川の下流から牡鹿半島まで広がっています。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、津波で大きな被害を受けました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、牡鹿郡に石巻町・渡波町・蛇田村・稲井村・荻浜村・大原村・鮎川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、桃生郡に鹿又村・深谷村・前谷地村・中津山村・桃生村・大谷地村・飯野川村・橋浦村・二股村・大川村・十五浜村などが、本吉郡に十三浜村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年桃生郡深谷村が廃止され、北村・須江村・広淵村・赤井村・大塩村に分かれた。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1901年3月26日明治34年桃生郡飯野川村が町制を施行して飯野川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1912年12月1日大正元年桃生郡二股村が二俣村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1933年4月1日昭和8年牡鹿郡石巻町が市制を施行して石巻市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1940年12月1日昭和15年牡鹿郡鮎川村が町制を施行して鮎川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年4月1日昭和16年桃生郡十五浜村が町制を施行するとともに改称して雄勝町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年牡鹿郡蛇田村の一部(山下地区)が石巻市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年牡鹿郡蛇田村が石巻市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月21日昭和30年桃生郡の飯野川町・大川村・大谷地村・二俣村が合併して河北町が、鹿又村・前谷地村・北村・須江村・広淵村が合併して河南町が、桃生村と中津山村が合併して桃生町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月26日昭和30年牡鹿郡の鮎川町と大原村が合併して牡鹿町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月30日昭和30年桃生郡橋浦村と本吉郡十三浜村が合併して桃生郡北上村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月10日昭和30年牡鹿郡荻浜村が石巻市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月1日昭和34年牡鹿郡稲井村が町制を施行して稲井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1959年5月15日昭和34年牡鹿郡渡波町が分割され、石巻市と稲井町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1962年4月1日昭和37年桃生郡北上村が町制を施行して北上町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1967年3月23日昭和42年牡鹿郡稲井町が石巻市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年4月1日平成17年石巻市、桃生郡の河北町・雄勝町・河南町・桃生町・北上町、牡鹿郡牡鹿町が合併し、改めて石巻市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.miyagi.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。