今の岩沼市
宮城県南部、太平洋沿岸の阿武隈川河口の北岸にある市です。西側に高舘丘陵があり、市域のほとんどは東側の仙台平野に広がります。阿武隈川や貞山堀が流れます。東北本線と常磐線の分岐点にあたり、古くから門前町や宿場町として栄えました。日本三稲荷の一つとされる竹駒神社があり、工業団地も立地します。阿武隈川の南は亘理町に、北は名取市に接します。
今の岩沼市の区域の人口は、2020年の国勢調査で44,068人です。今の区域で数えた1980年の34,910人とくらべると26.2%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.9%です。
主な産業:稲作を中心とした農業と、工業団地の企業が立地する工業が特徴です。
特産品・名産
- いなりあんもち岩沼の名物として知られるあんもち
- 竹駒奴(菓子)初午大祭の竹駒奴にちなむ菓子
- 米市内で作られる米
見どころ・祭り
- 竹駒神社日本三稲荷の一つとされる神社
- 金蛇水神社5月ごろの花まつりで知られる
- 二木の松松尾芭蕉も訪れた歌枕の松
木クロマツ花ツツジ岩沼市の木・花
岩沼市のなりたち
岩沼市(いわぬまし)は、宮城県仙台地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。千貫村・玉浦村・岩沼町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の岩沼市になりました。
今の名前「岩沼市」は、1920年にあった岩沼町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の岩沼町が約8km²だったのに対し、今の岩沼市は約62km²と、およそ7.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は名取郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、名取郡は1988年(昭和63年)3月1日に廃止されました。
「岩沼市」という名前
岩沼は、古くは「武隈(たけくま)の里」と呼ばれました。「岩沼」という地名が文献に初めて出てくるのは16世紀半ばごろです。そのころ領主の泉田氏が鵜ケ崎城を整えており、城が沼に面し、まわりを多くの岩に囲まれていたことから「岩沼」と呼ばれるようになったといわれています。城の堀となった沼の一つが、底が岩でできた「岩沼」という沼だったとも伝えられます。由来にはほかの説もあります。
まちの成り立ち
岩沼は阿武隈川の河口近くにひらけた町で、奥州街道と陸前浜街道が分かれる宿場町、また竹駒神社の門前町として栄えました。1887年(明治20年)には今の東北本線の岩沼駅が開業しました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、名取郡に岩沼本郷の区域で岩沼町が発足し、周りには千貫村と玉浦村ができました。1947年(昭和22年)1月には、阿武隈川の北岸にあった亘理郡逢隈村の吹上地区が岩沼町に加わりました。
1955年(昭和30年)4月1日、岩沼町・千貫村・玉浦村が合併し、改めて岩沼町が発足しました。1957年(昭和32年)には仙台空港が民間の空港として使われ始めました。工業団地に企業が進出して商工業のまちとしても発展し、1971年(昭和46年)11月1日に市制を施行して岩沼市となりました。
市域のほとんどは仙台平野に広がり、西には丘陵があります。日本三稲荷の一つとされる竹駒神社のほか、金蛇水神社や、歌枕として知られる二木の松があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、名取郡に岩沼町・千貫村・玉浦村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1947年1月11日昭和22年亘理郡逢隈村のうち阿武隈川北岸の吹上地区が岩沼町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年名取郡の岩沼町・千貫村・玉浦村が合併し、改めて岩沼町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1971年11月1日昭和46年名取郡岩沼町が市制を施行して岩沼市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。