今の角田市
宮城県南部の市で、市内を阿武隈川が南から北へ流れ、東西は山地になっています。阿武隈川には小田川などが合流します。伊達氏の一族の石川氏の城下町で、阿武隈川の水運の中継地として栄えました。ロケットエンジンの研究開発を行うJAXA角田宇宙センターがあり、「宇宙のまち」として知られます。米と梅の産地でもあります。
今の角田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で27,976人です。今の区域で数えた1980年の33,731人とくらべると17.1%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.0%です。
主な産業:稲作や大豆・梅の栽培が盛んで、宇宙関連の研究施設もあります。
特産品・名産
- 米仙南地域の水田の4割を占める田園都市
- 大豆栽培が盛んなことで知られる
- 梅栽培が盛んなことで知られる
見どころ・祭り
- JAXA角田宇宙センターロケットエンジンを研究する施設。展示室がある
- 台山公園H-IIロケットの模型がある公園
木かし花りんどう角田市の木・花
角田市のなりたち
角田市(かくだし)は、宮城県仙南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。東根村・北郷村・西根村・桜村・藤尾村・枝野村・角田町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の角田市になりました。
今の名前「角田市」は、1920年にあった角田町の名前を受け継いでいます。ほかの6の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の角田町が約16km²だったのに対し、今の角田市は約151km²と、およそ9.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は伊具郡に属していました。
「角田市」という名前
「角田」という地名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、伊具郡の角田本郷・豊室村・横倉村の区域をまとめて角田町が発足し、その名が今の市名に受け継がれました。江戸時代には伊達氏の一族の石川氏が治めた城下町で、明治のはじめには一時、角田城に角田県の県庁が置かれました。
まちの成り立ち
角田は、江戸時代に伊達氏の一族の石川氏が治めた城下町です。1869年(明治2年)には白石県が角田県と改められ、角田城に県庁が置かれましたが、1871年(明治4年)に仙台県に統合されました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、伊具郡の角田本郷・豊室村・横倉村の区域をもって角田町が発足し、初代町長には旧領主の石川邦光が就きました。周りには桜村・北郷村・西根村・枝野村・藤尾村・東根村ができました。1928年(昭和3年)には、舘矢間村のうち旧小田村の区域が角田町に編入されました。
1954年(昭和29年)10月1日、角田町と枝野村・北郷村・桜村・西根村・東根村・藤尾村が合併し、新しい角田町が発足しました。1958年(昭和33年)10月1日に市制を施行し、角田市となりました。
1965年(昭和40年)には航空宇宙技術研究所の角田支所(今のJAXA角田宇宙センター)が開かれ、「宇宙のまち」として知られるようになりました。1968年(昭和43年)には国鉄丸森線(今の阿武隈急行線)が開業しました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、伊具郡に角田町・桜村・北郷村・西根村・枝野村・藤尾村・東根村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年伊具郡舘矢間村の一部(旧小田村の区域)が角田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年10月1日昭和29年伊具郡の角田町・枝野村・北郷村・桜村・西根村・東根村・藤尾村が合併し、改めて角田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1958年10月1日昭和33年伊具郡角田町が市制を施行して角田市となった。種類:市制施行 出典:www.city.kakuda.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。