今の丸森町
宮城県の最南端に位置し、福島県側に突き出した形の町です。町域の大部分は山林で、北部を阿武隈川が阿武隈山地を分けて流れます。えごま油やゆず、たけのこなどの産物があります。江戸から昭和にかけて栄えた豪商の屋敷が、蔵の郷土館として公開されています。2019年の台風では堤防が決壊して町内が浸水しました。
今の丸森町の区域の人口は、2020年の国勢調査で12,262人です。今の区域で数えた1980年の20,849人とくらべると41.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.2%です。
主な産業:山林と農業の町で、えごまやゆず、干し柿などをつくっています。
特産品・名産
- えごま油町の特産品
- ゆず「多田錦」香りのよい町の特産のゆず
- たけのこ町で採れるたけのこ。瓶詰にもされる
見どころ・祭り
- 蔵の郷土館齋理屋敷豪商齋理の屋敷を公開する施設
- 阿武隈川町の北部を流れる川
木すぎ花やまゆり鳥うぐいす丸森町の木・花・鳥
丸森町のなりたち
丸森町(まるもりまち)は、宮城県仙南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。館矢間村・大張村・耕野村・小斎村・金山町・大内村・筆甫村・丸森町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の丸森町になりました。
今の名前「丸森町」は、1920年にあった丸森町の名前を受け継いでいます。ほかの7の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の丸森町が約66km²だったのに対し、今の丸森町は約280km²と、およそ4.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は伊具郡に属していました。
「丸森町」という名前
「丸森」という名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で丸森村が単独で村となり、1897年(明治30年)に町制を施行して丸森町になりました。1954年(昭和29年)に周りの1町6村と合併したときも、この丸森町の名が新しい町の名として引き継がれました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、伊具郡に丸森村が発足しました。周りには金山村・筆甫村・大内村・小斎村・舘矢間村・大張村・耕野村ができました。1897年(明治30年)2月9日、丸森村と金山村がそろって町制を施行し、丸森町・金山町となりました。1928年(昭和3年)には、舘矢間村のうち旧小田村の区域が角田町に移りました。
1954年(昭和29年)12月1日、丸森町は金山町・大内村・大張村・耕野村・小斎村・舘矢間村・筆甫村と合併し、新しい丸森町が発足しました。
町は宮城県の最も南にあり、福島県の側に突き出た形をしています。町域の大部分は山林で、北部を阿武隈川が阿武隈山地を分けるように流れています。町内には江戸時代から昭和にかけて栄えた豪商の屋敷が残り、蔵の郷土館として公開されています。2019年(令和元年)10月の令和元年東日本台風では、阿武隈川の支流の堤防が切れて町内が浸水し、大きな被害を受けました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、伊具郡に丸森村・金山村・筆甫村・大内村・小斎村・舘矢間村・大張村・耕野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年2月9日明治30年伊具郡の丸森村と金山村が町制を施行し、それぞれ丸森町・金山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年伊具郡舘矢間村の一部(旧小田村の区域)が角田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年12月1日昭和29年伊具郡の丸森町・金山町・筆甫村・大内村・小斎村・舘矢間村・大張村・耕野村が合併し、改めて丸森町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。