今の松阪市
三重県中部の中勢地域にある市で、伊勢湾に面した平野から、西は台高山地の山あいの旧飯南・飯高地域まで広い市域を持ちます。市内を櫛田川や雲出川が流れ、面積は県内2位です。蒲生氏郷が築いた松坂城の城下町で、江戸時代は伊勢参宮街道の宿場として、また三井家など松坂商人を生んだ商人のまちとして栄えました。松阪牛の産地として全国に知られます。
今の松阪市の区域の人口は、2020年の国勢調査で159,145人です。今の区域で数えた1980年の153,185人とくらべると3.9%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.3%です。
主な産業:松阪牛の産地として知られ、松阪木綿や茶などの伝統的な産物があります。松坂商人のまちとして商業も栄えてきました。
特産品・名産
- 松阪牛全国に知られる黒毛和牛のブランド
- 松阪木綿藍染めの縞柄が特徴の綿織物。現在の製造元は明和町に1軒
- 深むし煎茶県の市町要覧で名産・特産品として挙げられる
- 松阪赤菜県の市町要覧で名産・特産品として挙げられる
- 鈴最中松阪の銘菓
見どころ・祭り
- 松坂城跡2011年に国の史跡に指定された
- 御城番屋敷松坂城を守った紀州藩士の住居。国の重要文化財
- 本居宣長旧宅松坂出身の国学者・本居宣長の旧宅
- 松阪商人の館豪商小津家の旧宅
- 松阪祇園まつり7月。初午まつり・氏郷まつりと並ぶ三大祭り
木マツ花ヤマユリ鳥ウグイス松阪市の木・花・鳥
松阪市のなりたち
松阪市(まつさかし)は、三重県南勢地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、36の町村がありました。鈴止村・神戸村・松江村・朝見村・伊勢寺村・機殿村・港村・阿坂村・松ケ崎村・西黒部村・東黒部村・花岡村・松尾村・中川村・豊田村・豊地村・中原村・中郷村・宇気郷村・小野江村・鵲村・天白村・米ノ庄村・漕代村・射和村・茅広江村・大石村・宮前村・川俣村・波瀬村・森村・柿野村・粥見村・櫛田村・大河内村・松阪町です。これらの町村が、12回の合併や編入を経て、今の松阪市になりました。
今の名前「松阪市」は、1920年にあった松阪町の名前を受け継いでいます。ほかの35の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は一志郡・多気郡・飯南郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、飯南郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました。
「松阪市」という名前
1588年(天正16年)、蒲生氏郷が飯高郡矢川庄の「四五百(よいほ)の森」に松坂城を築いて入城し、このあたりを「松坂」と名づけたと伝えられます。それ以前は、織田信雄が築いた松ヶ島城がこの地方の中心でした。今の市名は「松阪」と書き、読みは「まつさか」です。
まちの成り立ち
松阪は、蒲生氏郷が開いた松坂城の城下町で、江戸時代は紀州藩領となり、三井家をはじめ多くの松坂商人を生みました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で飯高郡に松阪町ができ、周りには飯高郡・飯野郡・一志郡・多気郡の村々ができました。1896年(明治29年)に飯高郡と飯野郡が合わさって飯南郡となります。松阪町は1921年(大正10年)に鈴止村、1931年(昭和6年)に神戸村を編入し、1933年(昭和8年)2月1日に市制を施行して松阪市となりました。その後、松江村・朝見村(1948年)、伊勢寺村(1951年)、機殿村(1952年)を編入し、1954年(昭和29年)10月15日には花岡町・西黒部村・港村・松尾村・阿坂村・松ヶ崎村・東黒部村を一度に加えました。1955年(昭和30年)には宇気郷村の一部と、漕代村・射和村・茅広江村・大石村、1957年(昭和32年)には大河内村・櫛田村が加わっています。周辺では1955年に嬉野町と三雲村、1956年に飯南町と飯高町が生まれました。2005年(平成17年)1月1日、松阪市・嬉野町・三雲町・飯南町・飯高町の5市町が合併して、今の松阪市になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、飯高郡に松阪町・港村・鈴止村・神戸村・花岡村・松尾村・松江村・伊勢寺村・大河内村・茅広江村・大石村・柿野村・粥見村・宮前村・川俣村・森村・波瀬村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、飯野郡に射和村・神山村・櫛田村・朝見村・西黒部村・機殿村・漕代村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、一志郡に阿坂村・松ヶ崎村・宇気郷村・中郷村・豊地村・中川村・豊田村・中原村・米ノ庄村・天白村・鵲村・小野江村が、多気郡に東黒部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年飯高郡と飯野郡の区域で飯南郡が発足し、各町村は飯南郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1908年4月1日明治41年飯南郡神山村が分割され、中万・上蛸路・下蛸路・八太が射和村に、山添・安楽・山下が櫛田村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1921年1月1日大正10年飯南郡鈴止村が松阪町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1924年1月1日大正13年飯南郡柿野村が町制を施行して柿野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1924年4月1日大正13年飯南郡港村の一部(鎌田・松阪・石津・荒木・郷津・高町屋・大口)が松阪町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1931年4月1日昭和6年飯南郡神戸村が松阪町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1932年7月1日昭和7年飯南郡花岡村が町制を施行して花岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1933年2月1日昭和8年飯南郡松阪町が市制を施行して松阪市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1933年2月11日昭和8年飯南郡粥見村が町制を施行して粥見町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1948年12月25日昭和23年飯南郡松江村・朝見村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1951年12月1日昭和26年飯南郡伊勢寺村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1952年12月1日昭和27年飯南郡機殿村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年10月15日昭和29年飯南郡花岡町・西黒部村・港村・松尾村、一志郡阿坂村・松ヶ崎村、多気郡東黒部村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月15日昭和30年一志郡宇気郷村が分割され、柚原・飯福田・与原・後山が松阪市に編入され、残り(小原・上小川)は中郷村・豊地村・中川村・豊田村・中原村と合併して嬉野町が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年3月21日昭和30年一志郡の米ノ庄村・天白村・鵲村・小野江村が合併して三雲村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年飯南郡漕代村・射和村・茅広江村・大石村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年8月1日昭和31年飯南郡の粥見町・柿野町が合併して飯南町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年8月1日昭和31年飯南郡の宮前村・川俣村・森村・波瀬村が合併して飯高町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年10月1日昭和32年飯南郡大河内村・櫛田村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1986年4月1日昭和61年一志郡三雲村が町制を施行して三雲町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2005年1月1日平成17年松阪市と一志郡の嬉野町・三雲町、飯南郡の飯南町・飯高町が合併して、新しい松阪市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。