今の大台町
三重県の中部、多気郡にある山あいの町です。台高山脈を背に宮川と大内山川が流れ、宮川ダムの宮川貯水池や三瀬谷ダムの奥伊勢湖があります。町の全域がユネスコエコパーク「大台ヶ原・大峯山・大杉谷」に含まれます。大台茶の産地で、中心の佐原は木材の集散地として栄えました。
今の大台町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,668人です。今の区域で数えた1980年の13,172人とくらべると34.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.4%です。
主な産業:大台茶(伊勢茶)の栽培、山ブキなど山菜の加工、ユズの栽培が行われています。
特産品・名産
- 大台茶伊勢茶の産地。1975年に皇室献上茶に指定
- 山ブキ町の山菜の生産量の約8割を占める
- 奥伊勢ゆず2019年に立ち上げた地域ブランド
見どころ・祭り
- 北畠具教三瀬館跡名所・旧跡として挙げられる
- 柳原観音町内の名所
- 川添神社町内の神社
- 宮川ダム・奥伊勢湖宮川ダムの宮川貯水池と、三瀬谷ダムの奥伊勢湖
- 奥伊勢フォレストピア観光スポットとして挙げられる
木アラカシ花ホンシャクナゲ鳥ヤマガラ大台町の木・花・鳥
大台町のなりたち
大台町(おおだいちょう)は、三重県南勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。荻原村・領内村・川添村・三瀬谷村・大杉谷村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の大台町になりました。
今の名前「大台町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大杉谷村が約166km²だったのに対し、今の大台町は約355km²と、およそ2.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は多気郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧川添村の区域には川添駅(紀勢本線)があります。旧三瀬谷村の区域には三瀬谷駅(紀勢本線)があります。
「大台町」という名前
「大台」は、1956年に三瀬谷町と川添村が合併したときに新しくつけられた町名で、どちらの旧町村の名でもありません。名前の由来をはっきり記した資料は確認できませんでした。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には多気郡の川添村・三瀬谷村・荻原村・領内村・大杉谷村の5村ができました。三瀬谷村は1953年(昭和28年)4月1日に町制を施行して三瀬谷町となっています。昭和の大合併期の1956年(昭和31年)5月3日に荻原村と領内村が合併して宮川村が生まれ、同じ年の9月30日には三瀬谷町と川添村が合併して大台町が発足しました。1959年(昭和34年)1月10日には宮川村と大杉谷村が合併し、改めて宮川村となっています。平成の大合併で2006年(平成18年)1月10日に大台町と宮川村が合併し、改めて大台町が発足しました。同じ日に南牟婁郡の鵜殿村も紀宝町と合併し、三重県から村がなくなりました。旧村の名は川添・三瀬谷・荻原・領内・大杉谷の五つの地区の名として残っています。町の中心は宮川と大内山川が合流する佐原で、交通の拠点・木材の集散地として発達しました。2016年(平成28年)には町の全域がユネスコエコパークに登録されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、多気郡に川添村・三瀬谷村・荻原村・領内村・大杉谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年多気郡三瀬谷村が町制を施行して三瀬谷町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1956年5月3日昭和31年多気郡の荻原村・領内村が合併して宮川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年多気郡の三瀬谷町・川添村が合併して大台町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1959年1月10日昭和34年多気郡の宮川村・大杉谷村が合併して、改めて宮川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2006年1月10日平成18年大台町と宮川村が合併して、改めて大台町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。