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度会町わたらいちょう

1920年には4の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の度会町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の度会町

三重県の南勢(伊勢志摩)地域にある町で、伊勢市の南西に接しています。町内を宮川と一之瀬川が流れます。町内に鉄道はなく、最寄り駅は伊勢市駅で、伊勢市とは路線バスで結ばれています。内城田・中川・一之瀬・小川郷の四つの旧村が今も地区として残り、茶の栽培が盛んな町です。

今の度会町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,847人です。今の区域で数えた1980年の8,730人とくらべると10.1%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.2%です。

7,847人人口(2020年)
−10.1%1980年からの増減
134.98km²面積(国土地理院)
58人/km²人口密度
36.2%65歳以上の割合
9,2181980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 52.6%65歳以上 36.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:伊勢茶の生産が盛んで、町内産の茶は「度会茶」と呼ばれることもあります。

特産品・名産

  • 度会茶(伊勢茶)町内で生産される茶。度会茶とも呼ばれる

見どころ・祭り

  • 久具都比賣神社町内にある神社
  • 森添遺跡町内の遺跡
  • 宮リバー度会パーク宮川沿いの公園。春まつりなどの行事が開かれる
  • 一之瀬獅子神楽毎年2月に行われる伝統芸能
  • 棚橋のお頭神事毎年2月の神事

木ヒノキ花リンドウ度会町の木・花

度会町のなりたち

度会町(わたらいちょう)は、三重県南勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。内城田村・中川村・小川郷村・一之瀬村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の度会町になりました。

今の名前「度会町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の一之瀬村が約49km²だったのに対し、今の度会町は約132km²と、およそ2.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は度会郡に属していました。

41920年の町村の数
1回合併・編入の回数
135km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「度会町」という名前

町名は、この地域が属する郡の名「度会」をとったものです。1955年に四つの村が合併して度会村が生まれたとき、新しい村の名前を公募したところ、半数以上の人が「度会」を希望したとされています。

まちの成り立ち

明治の町村制が1889年(明治22年)4月1日に施行されると、今の町域には内城田村・中川村・一之瀬村・小川郷村の四つの村ができました。それぞれ江戸時代からの村をいくつかずつまとめた村です。昭和の大合併期の1955年(昭和30年)4月1日、この四村が合併して度会村が生まれました。村名は公募で決まり、郡名の「度会」が選ばれています。その後、1968年(昭和43年)1月1日に町制を施行し、度会町となりました。平成の大合併では合併せず、今も単独の町です。旧村の名は内城田・中川・一之瀬・小川郷という四つの地区名として残っています。町内の小学校もかつてはこの四地区ごとにありましたが、2008年度に旧内城田小学校の敷地で度会小学校に統合されました。役場は内城田地区の棚橋にあります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、度会郡に内城田村・中川村・一之瀬村・小川郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1955年4月1日昭和30年度会郡の小川郷村・内城田村・一之瀬村・中川村が合併して度会村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  3. 1968年1月1日昭和43年度会村が町制を施行して度会町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

度会村→度会町1955〜今
内城田村1889〜1955
中川村1889〜1955
小川郷村1889〜1955
一之瀬村1889〜1955

参考にした資料