今の伊勢市
三重県の南東部、伊勢志摩の入口にある市で、伊勢神宮の内宮と外宮の門前に発展した「神都」です。宮川や五十鈴川が流れ、北東は伊勢湾、二見浦の夫婦岩もあります。江戸時代から「お伊勢さん」として全国から参拝客を集め、おはらい町・おかげ横丁などの門前町の歩きと、赤福餅や伊勢うどんの食文化で知られます。伊勢志摩の拠点となる観光のまちです。
今の伊勢市の区域の人口は、2020年の国勢調査で122,765人です。今の区域で数えた1980年の137,296人とくらべると10.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.2%です。
主な産業:伊勢神宮を中心とする観光と、参拝客を迎える商業が盛んです。
特産品・名産
- 赤福餅伊勢を代表する餅菓子
- 伊勢うどん太くやわらかい麺に濃いたれをからめるうどん
- へんば餅参宮街道の名物餅
- 伊勢和紙伊勢の伝統的な和紙
- 伊勢春慶伝統的な漆器
見どころ・祭り
- 伊勢神宮(内宮・外宮)全国から参拝者が訪れる
- 二見興玉神社(夫婦岩)二見浦の名所
- おはらい町・おかげ横丁内宮前の門前町
- 朝熊山・金剛證寺伊勢の東にそびえる朝熊山の寺
- 宮川桜まつり4月上旬に宮川堤で開かれる。日本さくら名所100選
木オヤネザクラ花ジングウツツジ鳥イソヒヨドリ伊勢市の木・花・鳥
伊勢市のなりたち
伊勢市(いせし)は、三重県南勢地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、15の町村がありました。神社町・大湊町・浜郷村・宮本村・北浜村・豊浜村・宇治山田市・城田村・四郷村・沼木村・有田村・下外城田村・小俣村・御薗村・二見町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の伊勢市になりました。
今の名前「伊勢市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの15の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の宇治山田市が約60km²だったのに対し、今の伊勢市は約204km²と、およそ3.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は度会郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧二見町の区域には二見浦駅(参宮線)があります。
「伊勢市」という名前
明治の町村制で、内宮の鳥居前町の宇治と外宮の鳥居前町の山田をあわせた町ができるとき、名前をめぐって意見が分かれましたが、どちらも古くから広く知られた名だとして「宇治山田」に決まりました。その後も市名をめぐる議論はたびたび起こり、1955年(昭和30年)に周りの4村と合併したのを機に、旧国名であり神宮の名としても全国に知られた「伊勢」を市名としました。1954年(昭和29年)11月の公聴会と市議会の議決を経ての改称でした。
まちの成り立ち
伊勢は、伊勢神宮の内宮の鳥居前町の宇治と、外宮の鳥居前町の山田を中心に栄えた町で、江戸時代には幕府の山田奉行所が置かれました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で度会郡宇治山田町が発足し、1906年(明治39年)9月1日に市制を施行して宇治山田市となりました。市は1941年(昭和16年)に神社町、1943年(昭和18年)に大湊町・宮本村・浜郷村を編入し、1955年(昭和30年)1月1日に豊浜村・北浜村・城田村・四郷村を編入すると同時に、名前を伊勢市に改めました。同じ年の4月に沼木村も加わり、1957年(昭和32年)には玉城町の粟野を編入しています。周りでは、1908年(明治41年)に東二見村・西二見村が合併して二見町ができ、小俣村は1928年(昭和3年)に町制を施行して小俣町に、御薗村は村のまま続きました。2005年(平成17年)11月1日、伊勢市・二見町・小俣町・御薗村が合併して、今の伊勢市が生まれました。近鉄の宇治山田駅に、旧市名が残っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、度会郡に宇治山田町・神社町・大湊町・東二見村・西二見村・宮本村・沼木村・四郷村・浜郷村・御薗村・豊浜村・北浜村・小俣村・城田村と、有田村・下外城田村(いずれも一部が現在の伊勢市域)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1906年9月1日明治39年度会郡宇治山田町が市制を施行して宇治山田市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1908年5月1日明治41年度会郡の東二見村・西二見村が合併して二見町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1928年11月3日昭和3年度会郡小俣村が町制を施行して小俣町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年5月5日昭和16年度会郡神社町が宇治山田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年12月1日昭和18年度会郡大湊町・宮本村・浜郷村が宇治山田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年度会郡豊浜村・北浜村・城田村・四郷村が宇治山田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年宇治山田市が伊勢市に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年度会郡沼木村が伊勢市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月10日昭和30年度会郡有田村が分割され、湯田・新村と井倉の一部が小俣町に編入され、残りは田丸町・東外城田村と合併して玉城町となった。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年度会郡下外城田村が玉城町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年1月15日昭和32年小俣町の一部(井倉の一部)が多気郡斎明村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年度会郡玉城町の一部(旧下外城田村の粟野)が伊勢市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 2005年11月1日平成17年伊勢市と度会郡の二見町・小俣町・御薗村が合併して、新しい伊勢市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。