今の志摩市
三重県の志摩半島南部にあり、全域が伊勢志摩国立公園に含まれる市です。入り組んだリアス海岸の中央に英虞湾、北東に的矢湾が広がり、賢島などの島があります。海女漁やイセエビ、真珠・カキの養殖で知られ、観光が大きな産業です。2016年には賢島で伊勢志摩サミットが開かれました。観光のキャッチフレーズは「御食つ国志摩」です。
今の志摩市の区域の人口は、2020年の国勢調査で46,057人です。今の区域で数えた1980年の63,065人とくらべると27.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.3%です。
主な産業:沿岸・養殖漁業(イセエビ、真珠、的矢かき等)と観光業。
特産品・名産
- 伊勢えび市の魚。浜島町で6月第1土曜日に伊勢えび祭が開かれる
- アワビ市の主な水産物の一つ
- 真珠アコヤガイ・ヒオウギガイによる養殖
- 的矢かき的矢湾などで養殖されるカキ
見どころ・祭り
- 英虞湾・賢島リアス海岸の内海。賢島・間崎島の有人島がある
- 伊雑宮御田植祭磯部町上之郷で6月中旬に行われる。「磯部の御神田」として国の重要無形民俗文化財
- 安乗の人形芝居阿児町安乗に伝わる国の重要無形民俗文化財。9月中旬
- 波切の町並みと石積み大王町波切。波切港の石積みは全国漁村歴史文化財100選に選ばれている
- 恵利原の水穴(天の岩戸)磯部町恵利原にある湧水で、日本の名水百選
木ねむの木花はまゆう鳥白千鳥志摩市の木・花・鳥
志摩市のなりたち
志摩市(しまし)は、三重県南勢地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。波切村・名田村・船越村・和具村・布施田村・御座村・越賀村・片田村・安乗村・国府村・鵜方村・甲賀村・神明村・志島村・立神村・的矢村・神原村・畔名村・磯部村・浜島町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の志摩市になりました。
今の名前「志摩市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの20の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の磯部村が約61km²だったのに対し、今の志摩市は約176km²と、およそ2.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は度会郡・志摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、志摩郡は2004年(平成16年)10月1日に廃止されました。
「志摩市」という名前
市名は、旧国名・郡名の「志摩」からとったものです。2004年1月28日、志摩地域合併協議会が全会一致で「志摩市」に決めました。市名の公募でも、次点の6倍あまりの票を集めた最多得票の名前でした。理由として、伝統と文化を受け継ぐことや、「伊勢志摩国立公園」などの名で全国に知られていることが挙げられています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の市域には答志郡の磯部村・的矢村・安乗村・国府村と、英虞郡の鵜方村・浜島村・和具村・波切村など14の村ができました。磯部町の山原・栗木広・檜山は、度会郡の神原村に属していました。1896年(明治29年)に答志郡と英虞郡が一つになって志摩郡が生まれ、翌年には鵜方村から神明村が分かれています。その後、浜島・波切・和具・鵜方が順に町制を施行しました。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)8月1日に波切町・船越村・名田村が合併して大王町、12月1日に和具町など5町村が合併して志摩町が発足しました。1955年(昭和30年)1月1日には鵜方町など7町村が合併して阿児町、2月11日には磯部村・的矢村と神原村の一部が合併して磯部町が生まれ、1956年には畔名村が大王町に編入されています。このとき、志摩半島の南端の地域では新しい町名を「志摩町」にするかで意見が分かれ、後に阿児町となる地域も「志摩町」を名乗ろうとしたため、先に名乗るために合併を急いだといわれます。半世紀後の2004年(平成16年)10月1日、浜島町・大王町・志摩町・阿児町・磯部町の5町が合併して志摩市が生まれ、志摩郡はなくなりました。旧町名は「阿児町鵜方」「大王町波切」のように町名の頭に残っています。市の全域が伊勢志摩国立公園に含まれ、2016年には賢島で伊勢志摩サミットが開かれました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、答志郡に磯部村・的矢村・安乗村・国府村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、英虞郡に鵜方村・立神村・甲賀村・志島村・畔名村・名田村・波切村・船越村・片田村・布施田村・和具村・越賀村・御座村・浜島村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、度会郡に神原村(泉・神津佐・下津浦・木谷・栗木広新田・檜山・山原)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制施行のため答志郡と英虞郡の区域で志摩郡が発足し、両郡の町村は志摩郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年5月31日明治30年志摩郡鵜方村の一部(神明浦)が分かれて神明村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1919年10月1日大正8年志摩郡浜島村が町制を施行して浜島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1928年8月1日昭和3年志摩郡波切村が町制を施行して波切町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1939年7月1日昭和14年志摩郡和具村が町制を施行して和具町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1951年1月1日昭和26年志摩郡鵜方村が町制を施行して鵜方町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年8月1日昭和29年志摩郡の波切町・船越村・名田村が合併して大王町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年12月1日昭和29年志摩郡の和具町・片田村・布施田村・越賀村・御座村が合併して志摩町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月1日昭和30年志摩郡の鵜方町・神明村・立神村・志島村・甲賀村・国府村・安乗村が合併して阿児町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年志摩郡の磯部村・的矢村と度会郡神原村の一部(栗木広・檜山・山原)が合併して磯部町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年志摩郡畔名村が大王町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2004年10月1日平成16年志摩郡の浜島町・大王町・志摩町・阿児町・磯部町が合併して志摩市が発足し、志摩郡は消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。