今の南伊勢町
三重県南部、度会郡にある町で、伊勢市の南隣にあたります。リアス式海岸の五ヶ所湾に面し、沿岸部は伊勢志摩国立公園に含まれます。漁業が主な産業で、五ヶ所湾ではアコヤガイ・ハマチ・アオサノリの養殖が盛んです。山間部ではみかんが栽培されています。町域は旧南勢町の南勢地区と旧南島町の南島地区に分かれます。
今の南伊勢町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,989人です。今の区域で数えた1980年の23,883人とくらべると54.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は53.5%です。
主な産業:漁業が主な産業で、遠洋漁業の基地となる港が多く、アコヤガイ・ハマチ・アオサノリの養殖も盛んです。山間部ではみかんが栽培されています。
特産品・名産
- 五ヶ所みかん山間部で栽培されるみかん。日本のカラマンダリン栽培の発祥の地とされる
- アオサノリ五ヶ所湾で養殖される
見どころ・祭り
- 五ヶ所城跡伊勢愛洲氏の居城とされる城跡
- 愛洲の館資料館
- 鵜倉園地四つの展望台がある。見江島展望台からは「ハートの入り江」が見える
- 京路山標高414mの山
- 倭姫命腰掛岩名所・旧跡として挙げられる
木みかん花さくら南伊勢町の木・花
南伊勢町のなりたち
南伊勢町(みなみいせちょう)は、三重県南勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。穂原村・五ヶ所村・神原村・南海村・宿田曾村・吉津村・鵜倉村・中島村・島津村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の南伊勢町になりました。
今の名前「南伊勢町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の穂原村が約46km²だったのに対し、今の南伊勢町は約238km²と、およそ5.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は度会郡に属していました。
「南伊勢町」という名前
町名は、かつての伊勢国の南部にあり、伊勢市の南隣に位置することからつけられたとされます。2005年に南勢町と南島町が合併したときの名前で、どちらの旧町名も使っていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には度会郡の島津村・吉津村・鵜倉村・中島村・穂原村・南海村・五ヶ所村・宿田曽村と、神原村の一部ができました。五ヶ所村は1940年(昭和15年)2月11日に、吉津村は1954年(昭和29年)9月10日に町制を施行しています。昭和の大合併期の1955年(昭和30年)2月11日、五ヶ所町・穂原村・南海村・宿田曽村と神原村の泉・神津佐・下津浦・木谷が合併して南勢町が生まれました。神原村の残りの檜山・栗木広・山原は志摩郡の磯部村に入り、今は志摩市の一部です。同じ年の4月1日には吉津町・島津村・鵜倉村・中島村が合併して南島町が発足しました。平成の大合併で2005年(平成17年)10月1日に南勢町と南島町が合併し、南伊勢町が生まれました。旧町村の名は、南勢地区の五ヶ所・穂原・南海・宿田曽・神原、南島地区の島津・吉津・鵜倉・中島などの地区名として残っています。リアス式海岸の五ヶ所湾に面し、沿岸部は伊勢志摩国立公園に含まれます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、度会郡に島津村・吉津村・鵜倉村・中島村・穂原村・南海村・五ヶ所村・宿田曽村・神原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1940年2月11日昭和15年度会郡五ヶ所村が町制を施行して五ヶ所町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年9月10日昭和29年度会郡吉津村が町制を施行して吉津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年度会郡の五ヶ所町・穂原村・南海村・宿田曽村と神原村の一部(泉・神津佐・下津浦・木谷)が合併して南勢町が発足し、神原村の残り(檜山・栗木広・山原)は志摩郡磯部村に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年度会郡の吉津町・島津村・鵜倉村・中島村が合併して南島町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2005年10月1日平成17年度会郡の南勢町・南島町が合併して南伊勢町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。