今の玉城町
三重県の南勢地域にある町で、伊勢市に隣接しています。宮川と外城田川が流れ、町の中心には北畠氏が築いたとされる田丸城の跡が残ります。かつては伊勢参りの人びとが集まる宿場町としてにぎわいました。参宮線の田丸駅と伊勢自動車道の玉城インターチェンジがあり、工場も立地しています。特産品に玉城豚があります。
今の玉城町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,041人です。今の区域で数えた1980年の11,643人とくらべると29.2%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.6%です。
主な産業:京セラドキュメントソリューションズやパナソニック、美和ロックの工場が立地しています。特産品に玉城豚があります。
特産品・名産
- 玉城豚町の特産品として挙げられる
見どころ・祭り
- 田丸城跡三重県指定史跡。天守閣跡や石垣、堀が残り、桜の名所でもある
- 田丸神社2009年5月3日に80年ぶりに御木曳が復活した
- 村山龍平記念館郷土資料館や町立図書館を併設する文化施設
- 塚田古墳群町内の古墳群
- 大仏山公園大仏山にある公園
木マキ花サクラ玉城町の木・花
玉城町のなりたち
玉城町(たまきちょう)は、三重県南勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。有田村・田丸町・東外城田村・下外城田村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の玉城町になりました。
今の名前「玉城町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の東外城田村が約18km²だったのに対し、今の玉城町は約40km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は度会郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧田丸町の区域には田丸駅(参宮線)があります。
「玉城町」という名前
「玉城」は、1955年に田丸町・東外城田村と有田村の一部が合併したときに新しくつけられた町名で、どの旧町村の名でもありません。名前の由来をはっきり記した資料は確認できませんでした。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には度会郡の田丸町・有田村・東外城田村・下外城田村ができました。中心の田丸は、北畠親房・顕信が築いたとされる田丸城の城下で、伊勢神宮へ参る人びとが集まる宿場町としてにぎわいました。昭和の大合併期の1955年(昭和30年)4月10日、田丸町・東外城田村と有田村の大部分が合併して玉城町が発足しました。有田村はこのとき二つに分かれ、湯田・新村と井倉の一部は小俣町(今の伊勢市)に編入されています。1956年(昭和31年)9月30日には下外城田村が玉城町に編入されましたが、翌1957年(昭和32年)4月1日に粟野地区が伊勢市に編入されました。平成の大合併では合併せず、単独の町のままです。旧町村の名は有田・田丸・下外城田・東外城田の四地区の名として残り、参宮線の田丸駅にも田丸の名が見られます。田丸城の建物は明治維新の際にほとんど取り壊されましたが、天守閣跡や石垣、堀が残り、城跡には町役場や中学校が建っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、度会郡に田丸町・有田村・東外城田村・下外城田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年4月10日昭和30年度会郡の田丸町・東外城田村と有田村の一部(長更・世古・門前・坂本・谷村・玉川・岡村・妙法寺・中楽・久保と、字妻ヶ広を除く井倉)が合併して玉城町が発足し、有田村の残り(湯田・新村と井倉字妻ヶ広)は小俣町に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年度会郡下外城田村が玉城町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年玉城町の一部(粟野)が伊勢市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。