今の多気町
三重県の中央部にある、海に面していない町です。町内を中央構造線が通り、三重県最大の池とされる五桂池をはじめ多くの池があります。JR紀勢本線と参宮線が分かれる多気駅や、伊勢自動車道と紀勢自動車道が接続する勢和多気ジャンクションがあり、古くからの交通の要地です。柿の産地として知られ、シャープの工場も立地しています。
今の多気町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,021人です。今の区域で数えた1980年の16,054人とくらべると12.7%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.8%です。
主な産業:シャープ三重工場が町の経済を支えています。柿の生産量は三重県内1位とされます。
特産品・名産
- 柿(富有柿・次郎柿)生産量は三重県内1位
- 伊勢いも発祥の地とされる
- ミカン江戸時代からの栽培。日持ちが良い
- 伊勢茶・松阪牛産地の一つ
見どころ・祭り
- 丹生大師(神宮寺)774年に創建されたと伝わる。旧勢和村域は門前町として栄えた
- 五桂池ふるさと村三重県最大の池とされる五桂池のほとりにある施設。1984年開園
- まごの店高校生レストランとして知られる
- VISON(ヴィソン)2021年に開業したリゾート型複合商業施設
木樟(クスノキ)花ささゆり鳥メジロ多気町の木・花・鳥
多気町のなりたち
多気町(たきちょう)は、三重県南勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。相可町・津田村・佐奈村・茅広江村・丹生村・五ケ谷村・西外城田村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の多気町になりました。
今の名前「多気町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の五ケ谷村が約40km²だったのに対し、今の多気町は約101km²と、およそ2.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は多気郡・飯南郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、飯南郡は2005年(平成17年)1月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧相可町の区域には相可駅(紀勢本線)があります。旧佐奈村の区域には佐奈駅(紀勢本線)があります。
「多気町」という名前
町名は郡名の「多気」をとったものです。「多気」の語源には諸説あり、竹の生える土地で「竹郡」と呼ばれたことに後から「多気」の字が当てられ、読みが「たき」に変わったとする説、食べ物の多くとれる土地を指す古語「多木」からとする説、水が勢いよく流れる意味の「たぎる」からとする説が伝えられていますが、定説はありません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には多気郡の相可村・西外城田村・佐奈村・津田村・丹生村・五ヶ谷村ができました。相可村は1919年(大正8年)6月20日に町制を施行して相可町となっています。昭和の大合併期の1955年(昭和30年)3月31日、相可町・佐奈村・津田村が合併して多気町が発足しました。半月後の4月15日には五ヶ谷村と丹生村が合併して勢和村が生まれ、同じ年の8月1日には、松阪市に編入されたばかりの旧茅広江村のうち上出江・下出江を勢和村が編入しています。1959年(昭和34年)4月15日には西外城田村が多気町に編入されました。平成の大合併で2006年(平成18年)1月1日、多気町と勢和村が合併し、改めて多気町が発足しています。旧町村名は相可・佐奈・丹生などの地名に残り、JRの相可駅・佐奈駅・外城田駅の駅名にも見られます。紀勢本線と参宮線が分かれる多気駅は、1893年(明治26年)に相可駅として開業した駅です。この地は伊勢本街道や熊野街道が通る交通の要地で、旧勢和村域は丹生大師(丹生山神宮寺)の門前町でもありました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、多気郡に相可村・西外城田村・佐奈村・津田村・丹生村・五ヶ谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、飯高郡に茅原村・広瀬村・下出江村・上出江村の区域で茅広江村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年茅広江村の所属郡が飯高郡から飯南郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1919年6月20日大正8年多気郡相可村が町制を施行して相可町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年多気郡の相可町・佐奈村・津田村が合併して多気町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年飯南郡茅広江村が松阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月15日昭和30年多気郡の五ヶ谷村・丹生村が合併して勢和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年8月1日昭和30年勢和村が松阪市の一部(上出江・下出江)を編入した。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月15日昭和34年多気郡西外城田村が多気町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2006年1月1日平成18年多気町と勢和村が合併して、改めて多気町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。