今の四日市市
三重県の北部、伊勢湾に面する県内最大の人口の市です。東は伊勢湾、西は鈴鹿山脈の山並みで、市内を三滝川・鈴鹿川・朝明川などが東へ流れ、平野が広がります。江戸時代は東海道の宿場町、明治以降は四日市港を中心に商工業が発展し、石油化学コンビナートで知られます。名古屋と大阪を結ぶ交通の要地でもあり、茶や萬古焼など伝統の産物もあります。
今の四日市市の区域の人口は、2020年の国勢調査で305,424人です。今の区域で数えた1980年の266,756人とくらべると14.5%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.1%です。
主な産業:四日市港を中心に、石油化学コンビナートなどの工業と商業が発展しています。萬古焼や伊勢茶などの伝統的な産物もあります。
特産品・名産
- 萬古焼海蔵・橋北・羽津地区などで作られる焼き物
- 伊勢茶水沢・小山田地区などで栽培
- なが餅東海道沿いの日永で古くから売られてきた和菓子
- 日永うちわ日永地区の特産
- 大矢知そうめん県の市町要覧で名産・特産品として挙げられる
見どころ・祭り
- 日永の追分東海道と伊勢街道の分かれ道
- 四日市祭諏訪神社の祭礼。大入道山車は県指定有形民俗文化財
- 四日市港ポートビル四日市港開港100周年を記念して1999年に完成した高さ100mのビル
- 澄懐堂美術館中国書画専門の美術館
木クスノキ花サルビア鳥ユリカモメ四日市市の木・花・鳥
四日市市のなりたち
四日市市(よっかいちし)は、三重県北勢地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、24の町村がありました。海蔵村・塩浜村・富洲原村・富田町・羽津村・常磐村・日永村・四郷村・内部村・小山田村・下野村・八郷村・県村・大矢知村・三重村・神前村・桜村・川島村・河原田村・久間田村・保々村・水沢村・楠村・四日市市です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の四日市市になりました。
今の名前「四日市市」は、1920年にあった四日市市の名前を受け継いでいます。ほかの23の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の四日市市が約8km²だったのに対し、今の四日市市は約204km²と、およそ25.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三重郡・鈴鹿郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、鈴鹿郡は2005年(平成17年)1月11日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧富田町の区域には富田浜駅(関西本線)があります。旧日永村の区域には日永駅(四日市あすなろう鉄道 八王子線)があります。旧内部村の区域には内部駅(四日市あすなろう鉄道 内部線)があります。旧河原田村の区域には河原田駅(伊勢鉄道 伊勢線)があります。
「四日市市」という名前
市名は、毎月「四」のつく日に市が立ったことに由来するとされます。室町時代の記録にはすでに「四箇市庭浦」の名が見え、市場と港のまちが開けていたと考えられています。
まちの成り立ち
四日市は、江戸時代には東海道の四日市宿が置かれ、日永の追分で伊勢神宮へ向かう道が分かれる交通の要所でした。1889年(明治22年)4月1日の町村制で三重郡四日市町が発足し、1897年(明治30年)8月1日に市制を施行して四日市市となりました。周りの村は、三重郡・朝明郡(1896年に三重郡へ統合)・鈴鹿郡に属していました。市はその後、1930年(昭和5年)に海蔵村・塩浜村、1941年(昭和16年)に日永村・常磐村・羽津村・富田町・富洲原町、1943年(昭和18年)に四郷村・内部村を編入しました。昭和の大合併の時期には、1954年(昭和29年)3月に小山田村、7月に川島村・神前村・桜村・三重村・県村・八郷村・下野村・大矢知村・河原田村を編入しました。1957年(昭和32年)4月には水沢村・保々村と、鈴鹿郡三鈴村のうち南小松・鹿間・和無田・野田を加えています。2005年(平成17年)2月7日には三重郡楠町を編入し、今の市域になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、三重郡に四日市町・日永村・塩浜村・楠村・河原田村・内部村・小山田村・水沢村・四郷村・常磐村・川島村・神前村・桜村・県村・三重村・海蔵村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、朝明郡に羽津村・富田村・富洲原村・大矢知村・八郷村・下野村・保々村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、鈴鹿郡に久間田村・椿村が発足した(いずれも一部が現在の四日市市域)。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年三重郡と朝明郡の区域で新たな三重郡が発足し、羽津村・富田村・富洲原村・大矢知村・八郷村・下野村・保々村は三重郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年8月1日明治30年三重郡四日市町が市制を施行して四日市市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1912年11月10日大正元年三重郡富田村が町制を施行して富田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1923年1月1日大正12年三重郡富洲原村が町制を施行して富洲原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1930年1月1日昭和5年三重郡海蔵村・塩浜村が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1940年2月11日昭和15年三重郡楠村が町制を施行して楠町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1941年2月11日昭和16年三重郡日永村・常磐村・羽津村・富田町・富洲原町が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1943年9月15日昭和18年三重郡四郷村・内部村が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年三重郡小山田村が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年三重郡川島村・神前村・桜村・三重村・県村・八郷村・下野村・大矢知村・河原田村が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年鈴鹿郡の久間田村・椿村が合併して三鈴村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年4月15日昭和32年三重郡水沢村・保々村と、鈴鹿郡三鈴村の一部(南小松・鹿間・和無田・野田)が四日市市に編入され、三鈴村の残りは鈴鹿市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年2月7日平成17年三重郡楠町が四日市市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。