今の東員町
三重県北部にある町で、員弁郡にただ一つ残る町です。町の中央を員弁川が東へ流れ、北へ行くほど標高100m前後のゆるやかな丘陵になります。桑名市・いなべ市・四日市市に接する都市近郊の農村で、名古屋への通勤圏にあり、北部には大規模な住宅団地があります。三岐鉄道北勢線と東海環状自動車道の東員ICがあります。
今の東員町の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,784人です。今の区域で数えた1980年の15,538人とくらべると65.9%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.1%です。
主な産業:ADEKA・NTN・TOYO TIREの工場が立地し、イオンモール東員もあります。
特産品・名産
- やぶさめ最中名産・特産品として挙げられる
- やしろ豆名産・特産品として挙げられる
- 梅幸あられ名産・特産品として挙げられる
見どころ・祭り
- 猪名部神社の大社祭上げ馬神事・流鏑馬が行われる春の大祭。4月第一土曜日と翌日
- 六把野獅子舞町の祭事として伝わる
- 石取祭7~8月に六把野・穴太・山田などの各地区で行われる
- 中部公園町の公園
- 山田溜公園町の公園
木ウメ花シャクヤク鳥ヒバリ東員町の木・花・鳥
東員町のなりたち
東員町(とういんちょう)は、三重県北勢地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。稲部村・神田村・大長村・久米村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の東員町になりました。
今の名前「東員町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の神田村が約10km²だったのに対し、今の東員町は約22km²と、およそ2.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は員弁郡に属していました。
「東員町」という名前
「東員」は、1954年に大長村・稲部村・神田村が合併して東員村が生まれたときにつけられた名前です。名前の由来をはっきり記した資料は確認できませんでした。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町域には員弁郡の稲部村・神田村・大長村と、久米村の一部(中上)ができました。昭和の大合併期の1954年(昭和29年)11月3日、大長村・稲部村・神田村が合併して東員村が発足しました。翌1955年(昭和30年)2月1日には久米村が分割され、中上地区が東員村に、残りが桑名市に編入されています。1967年(昭和42年)4月1日に町制を施行し、東員町となりました。昭和40年代後半からは北部に大規模な住宅団地が開発され、人口がおよそ2倍に増えています。2003年(平成15年)に員弁郡のほかの4町が合併していなべ市となったため、東員町は員弁郡にただ一つ残る町となりました。旧村名は稲部小学校・神田小学校の名などに受け継がれています。町内には三岐鉄道北勢線の東員駅と穴太駅があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、員弁郡に稲部村・神田村・大長村・久米村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1954年11月3日昭和29年員弁郡の大長村・稲部村・神田村が合併して東員村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年員弁郡久米村が分割され、中上が東員村に、坂井・赤尾・友村・島田・志知が桑名市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1967年4月1日昭和42年東員村が町制を施行して東員町となった。種類:町制施行 出典:www.town.toin.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。