今の雫石町
岩手県の中部にある岩手郡の町です。西は秋田県仙北市と接します。岩手山や高倉山、大倉山、南昌山などの山があり、竜川と葛根田川が御所ダムの御所湖で合流して雫石川となります。温泉やスキー場、小岩井農場があり、観光に力を入れています。鴬宿温泉は町内にある温泉です。町内には雫石神社の杉などの町指定文化財があります。
今の雫石町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,731人です。今の区域で数えた1980年の18,696人とくらべると15.9%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.6%です。
主な産業:観光と農業が盛んで、時計の工房や酒造会社もあります。
特産品・名産
- 雫石牛観光協会の特産品案内に載る牛肉
- 小岩井農場の限定製品農場でしか買えない乳製品など
見どころ・祭り
- 小岩井農場宮沢賢治もたびたび訪れた農場
- 雫石スキー場アルペンスキー世界選手権の会場
- 雫石神社の杉町の文化財に指定された老杉
- 鴬宿温泉町内の温泉
木杉花菊鳥うぐいす雫石町の木・花・鳥
雫石町のなりたち
雫石町(しずくいしちょう)は、岩手県県央の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。西山村・御明神村・御所村・雫石村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の雫石町になりました。
今の名前「雫石町」は、1920年にあった雫石村の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の雫石村が約33km²だったのに対し、今の雫石町は約639km²と、およそ19.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は岩手郡に属していました。
「雫石町」という名前
雫石の名は「滴石(しずくいし)」に由来するといわれます。11世紀の中ごろ、今の西根にある老杉の根元から湧く清水が岩に落ち、「タンタン」と音を立てているのを村人が見つけて、水神として祀りました。この場所は「滴石たんたん」と呼ばれ、のちに雫石神社が建てられました。この地名が、のちに「雫石」と書かれるようになったとされます。
まちの成り立ち
雫石は古くから人が住んだ土地で、南北朝時代の1341年(興国2年)には、南朝方の北畠顕信がこの地に御所を置いたと伝わります。御所という地名はこれに由来するといわれます。江戸時代は盛岡藩の領地で、秋田藩との境にあたるため、秋田街道の橋場に御番所が置かれました。戊辰戦争では、秋田側から攻め込まれた橋場口が戦場になりました。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、それまでの10の村が雫石村・御所村・御明神村・西山村の4村にまとまりました。1897年(明治30年)には岩手郡に属し、1940年(昭和15年)12月23日に雫石村が町制を施行して雫石町になりました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に雫石町・御所村・御明神村・西山村が合併し、新しい雫石町が発足しました。同じ年の10月には、繋温泉の周辺が盛岡市に移っています。
町内の小岩井農場や七ツ森は、宮沢賢治がたびたび訪れた場所です。1993年(平成5年)には雫石スキー場で、アルペンスキーの世界選手権が開かれました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南岩手郡に雫石村・御所村・御明神村・西山村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.shizukuishi.iwate.jp
- 1897年4月1日明治30年南岩手郡と北岩手郡が統合されて岩手郡となり、雫石村などの4村は岩手郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1940年12月23日昭和15年岩手郡雫石村が町制を施行し、雫石町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年岩手郡西山村の一部が御明神村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年岩手郡の雫石町・御所村・御明神村・西山村が合併し、改めて雫石町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年10月昭和30年岩手郡雫石町の一部(繋のうち繋温泉の周辺)が盛岡市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。