今の西和賀町
岩手県中西部、和賀郡にある町です。三方を標高1000メートル級の奥羽山脈に囲まれ、残る一方は秋田県の横手盆地に開けています。冬は雪が非常に深くなります。和賀岳や真昼岳などの山があり、和賀川に造られた湯田ダムのダム湖の錦秋湖や、湯田温泉峡があります。山菜やキノコなど山の恵みが豊富で、林業、畑作、稲作、酪農が営まれています。
今の西和賀町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,134人です。今の区域で数えた1980年の9,989人とくらべると48.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は51.0%です。
主な産業:林業、畑作、稲作、酪農が営まれ、山菜やキノコ、乳製品が知られます。
特産品・名産
- 西わらび西和賀を代表する山菜
- 湯田ヨーグルト町でつくられる乳製品
- ユキノチカラビール町の地ビール
見どころ・祭り
- 錦秋湖湯田ダムのダム湖
- 湯田温泉峡町内の温泉地
- 和賀岳奥羽山脈の山
- 白糸の滝町内の滝
西和賀町のなりたち
西和賀町(にしわがまち)は、岩手県県南の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。沢内村・湯田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の西和賀町になりました。
今の名前「西和賀町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の湯田村が約318km²だったのに対し、今の西和賀町は約617km²と、およそ1.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は和賀郡に属していました。
「西和賀町」という名前
西和賀という町名は、明治のはじめに置かれた西和賀郡の名にちなむと考えられます。和賀郡は1879年(明治12年)に東和賀郡と西和賀郡に分けられ、湯田村と沢内村は西和賀郡に属しました。1897年(明治30年)に郡はふたたび一つになりましたが、2005年(平成17年)に2町村が合併したとき、かつての郡名が新しい町の名によみがえりました。
まちの成り立ち
西和賀の一帯は、三方を奥羽山脈に囲まれ、西の一方だけが秋田県の横手盆地に開けた山あいの土地です。冬の雪は深く、ひと冬に降り積もる雪は10メートルを超えます。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、西和賀郡に湯田村と沢内村が生まれ、1897年(明治30年)には東西の和賀郡がまとまって和賀郡に属しました。和賀川に湯田ダムが造られ、そのダム湖は錦秋湖と呼ばれています。湯田村は1964年(昭和39年)8月1日に町制を施行して湯田町になりました。
平成の大合併では、2005年(平成17年)11月1日に湯田町と沢内村が合併し、西和賀町が発足しました。町では雪国の暮らしを生かした産品を「ユキノチカラ」の名で売り出しています。
町は和賀岳や真昼岳などの奥羽山脈の山々に囲まれ、山菜やキノコが豊富にとれます。特産の西わらびのほか、湯田ヨーグルトや地ビールもつくられています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西和賀郡に湯田村と沢内村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年西和賀郡と東和賀郡が統合されて和賀郡となり、湯田村と沢内村は和賀郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1964年8月1日昭和39年和賀郡湯田村が町制を施行し、湯田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2005年11月1日平成17年和賀郡の湯田町と沢内村が合併し、西和賀町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。