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北上市きたかみし

1920年には12の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の北上市になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の北上市

岩手県南西部の市で、北上盆地の中ほどにあります。北上川と和賀川が合流する土地で、古くから交通の要衝でした。東は北上山系の丘陵地、西は奥羽山脈に続きます。北上駅周辺には近年、建物が建ち並んでいます。半導体や自動車関連などの工場が集まる、県内有数の工業都市です。農業も盛んで、二子さといもやグリーンアスパラガスなどの農産物があります。

今の北上市の区域の人口は、2020年の国勢調査で93,045人です。今の区域で数えた1980年の76,633人とくらべると21.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.7%です。

93,045人人口(2020年)
+21.4%1980年からの増減
456.6km²面積(概算)
204人/km²人口密度
27.7%65歳以上の割合
94,3211980199020052020
15歳未満 12.5%15〜64歳 59.7%65歳以上 27.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:半導体や自動車関連などの工業と、さといも・アスパラガスなどの農業が盛んです。

特産品・名産

  • 二子さといも市の特産品として載る
  • グリーンアスパラガス市の特産品として載る
  • きたかみ牛市のブランド牛

見どころ・祭り

  • 北上市立公園 展勝地桜の名所
  • みちのく民俗村古民家を移築した野外博物館
  • 極楽寺国の史跡・重要文化財
  • 夏油温泉の石灰華国の特別天然記念物

木さくら花しらゆり鳥きせきれい北上市の木・花・鳥

北上市のなりたち

北上市(きたかみし)は、岩手県県南の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。立花村・更木村・飯豊村・二子村・福岡村・黒沢尻町・鬼柳村・相去村・横川目村・藤根村・岩崎村・江釣子村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の北上市になりました。

今の名前「北上市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の岩崎村が約134km²だったのに対し、今の北上市は約457km²と、およそ3.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は和賀郡・江刺郡・胆沢郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧黒沢尻町の区域には黒沢尻駅(北上線)があります。旧横川目村の区域には横川目駅(北上線)があります。旧藤根村の区域には藤根駅(北上線)があります。旧江釣子村の区域には江釣子駅(北上線)があります。

121920年の町村の数
4回合併・編入の回数
457km²今の面積
1991年いちばん新しい合併

「北上市」という名前

北上という市名は、市の中を流れる北上川や、市がある北上盆地にちなむとされています。1954年(昭和29年)に黒沢尻町と周りの村が合併して市が生まれたとき、中心の町の名ではなく川の名がとられました。1991年(平成3年)の合併でもこの名が引きつがれています。中心部の旧黒沢尻町のあたりは、今も黒沢尻と呼ばれます。

まちの成り立ち

北上市のあたりは、江戸時代には北が盛岡藩、南が仙台藩の領地で、藩の境にあたる土地でした。北上川の舟運の河岸として栄えた黒沢尻は、物資の集まる町でした。

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、東和賀郡に黒沢尻町と多くの村が、江刺郡に福岡村などが生まれました。1897年(明治30年)には東西の和賀郡がまとまって和賀郡となり、相去村は胆沢郡に移りました。

1954年(昭和29年)1月1日に立花村が黒沢尻町に編入され、4月1日には黒沢尻町・飯豊村・鬼柳村・二子村・更木村に、胆沢郡の相去村と江刺郡の福岡村が加わって北上市が発足しました。翌1955年(昭和30年)には、隣の江刺町から稲瀬の一部が加わっています。同じ年に岩崎村・藤根村・横川目村が合併して和賀村が生まれ、1956年(昭和31年)に和賀町となりました。

1991年(平成3年)4月1日、北上市・和賀町・江釣子村が合併し、今の北上市が発足しました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東和賀郡に黒沢尻町と鬼柳村・岩崎村・横川目村・藤根村・江釣子村・飯豊村・二子村・更木村・立花村・相去村が、江刺郡に福岡村・稲瀬村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年東和賀郡と西和賀郡が統合されて和賀郡となり、相去村は胆沢郡に移った。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1949年4月1日昭和24年和賀郡立花村の一部(立花)が黒沢尻町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  4. 1954年1月1日昭和29年和賀郡立花村が黒沢尻町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1954年4月1日昭和29年和賀郡の黒沢尻町・飯豊村・鬼柳村・二子村・更木村、胆沢郡相去村、江刺郡福岡村が合併し、市制を施行して北上市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1954年10月1日昭和29年北上市の一部(相去町のうち字六原の大部分)が胆沢郡金ヶ崎町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1955年4月1日昭和30年和賀郡の岩崎村・藤根村・横川目村が合併し、和賀村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1955年7月10日昭和30年江刺郡江刺町の一部(稲瀬のうち旧下門岡村・旧上門岡村の一部)が北上市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  9. 1956年4月1日昭和31年和賀郡和賀村が町制を施行し、和賀町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1991年4月1日平成3年北上市と和賀郡の和賀町・江釣子村が合併し、改めて北上市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

北上市1954〜今
江釣子村1889〜1991同じ名前の駅:江釣子駅
和賀村→和賀町1955〜1991
横川目村1889〜1955同じ名前の駅:横川目駅
藤根村1889〜1955同じ名前の駅:藤根駅
岩崎村1889〜1955
更木村1889〜1954
飯豊村1889〜1954
二子村1889〜1954
福岡村1889〜1954
黒沢尻町1889〜1954同じ名前の駅:黒沢尻駅
鬼柳村1889〜1954
相去村1889〜1954
立花村1889〜1954

参考にした資料