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常陸太田市ひたちおおたし

1920年には19の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の常陸太田市になりました。

19町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の常陸太田市

茨城県北東部で、歴史ある太田の市街地から北の山間部へと広がるまちです。旧金砂郷、水府、里美の地域には、農地や山林の広がる集落があります。佐竹氏の本拠地だった歴史と、水戸藩に結びつく文化の両方が残っています。徳川光圀が暮らした西山荘や、水戸徳川家の墓所である瑞龍山がその代表です。西金砂神社と東金砂神社の磯出大祭礼など、各地域に伝わる行事も、広い市域の歴史をつないでいます。

今の常陸太田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で48,602人です。今の区域で数えた1980年の59,503人とくらべると18.3%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.8%です。

48,602人人口(2020年)
−18.3%1980年からの増減
374.5km²面積(概算)
130人/km²人口密度
38.8%65歳以上の割合
61,8691980199020052020
15歳未満 8.9%15〜64歳 52.4%65歳以上 38.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:常陸秋そばや果樹の栽培と、山峡の景観を生かした観光が盛んです。

特産品・名産

  • 常陸秋そば香りと風味で知られるそば
  • 凍みこんにゃく冬の寒さを生かした伝統食
  • ぶどう市内の果樹園で栽培される

見どころ・祭り

  • 竜神大吊橋竜神峡を見渡せる吊り橋
  • 西山御殿徳川光圀の隠居所として知られる
  • 青蓮寺地域の歴史を伝える古寺

木けやき花やまぶき鳥カワセミ常陸太田市の木・花・鳥

常陸太田市のなりたち

常陸太田市(ひたちおおたし)は、茨城県県北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。佐都村・誉田村・機初村・太田町・佐竹村・西小沢村・幸久村・染和田村・山田村・河内村・世矢村・金砂村・金郷村・久米村・郡戸村・小里村・賀美村・高倉村・天下野村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の常陸太田市になりました。

今の名前「常陸太田市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの19の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の小里村が約75km²だったのに対し、今の常陸太田市は約374km²と、およそ5.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久慈郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧佐竹村の区域には佐竹駅(水郡線)があります。

191920年の町村の数
6回合併・編入の回数
374km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「常陸太田市」という名前

市名は、明治から続く「太田町」の名前に、旧国名の「常陸」を組み合わせたものです。1954年に周辺の村を編入し、市制を施行するときに常陸太田市となりました。太田は佐竹氏の本拠地として栄え、その後も地域の中心を担ってきた土地です。平成の合併で金砂郷、水府、里美の地域が加わった後も、市の名前は常陸太田のまま引き継がれています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、久慈郡太田町と周辺の村々が発足しました。太田は佐竹氏の本拠地として栄え、江戸時代には水戸藩の領地となったまちです。徳川光圀が晩年を過ごした西山荘などが、その歴史を伝えています。1896年には天下野村から上高倉と下高倉の地域が分かれ、高倉村が発足しました。

1954年7月15日、太田町は機初村、西小沢村、幸久村、佐竹村、誉田村、佐都村を編入し、常陸太田市となりました。翌年には世矢村と河内村の一部も市に入りました。河内村の残る地域は染和田村に移り、その染和田村と山田村が水府村にまとまりました。1956年には天下野村と高倉村も加わり、新たな水府村が発足しています。

同じ時期、西側では金砂村、金郷村、郡戸村、久米村が金砂郷村になり、北側では小里村と賀美村が里美村になりました。金砂郷村は1993年に町制を施行しました。2004年12月1日、金砂郷町、水府村、里美村を常陸太田市に編入しました。市街地から山間部までの広い地域が一つの市となり、旧町村名は地域の呼び名として今も使われています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久慈郡の太田町、機初村、西小沢村、幸久村、佐竹村、誉田村、佐都村、世矢村、河内村、金砂村、金郷村、久米村、郡戸村、天下野村、染和田村、山田村、小里村、賀美村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年5月28日明治29年天下野村の一部(下高倉、上高倉)が分かれ、高倉村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1954年7月15日昭和29年機初村、西小沢村、幸久村、佐竹村、誉田村、佐都村が太田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1954年7月15日昭和29年太田町が改称して市制を施行し、常陸太田市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1955年3月1日昭和30年世矢村、河内村の一部(町屋、西河内下、西河内中)が常陸太田市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1955年3月1日昭和30年河内村の一部(常陸太田市が編入した区域以外の区域)が染和田村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1955年3月1日昭和30年染和田村、山田村が新設合併し、水府村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1955年4月15日昭和30年金砂村、金郷村、郡戸村、久米村が新設合併し、金砂郷村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1956年9月1日昭和31年小里村、賀美村が新設合併し、里美村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1956年9月30日昭和31年水府村、天下野村、高倉村が新設合併し、水府村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1993年11月1日平成5年金砂郷村が町制を施行し、金砂郷町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  12. 2004年12月1日平成16年金砂郷町、水府村、里美村が常陸太田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

常陸太田市1954〜今
金砂郷村→金砂郷町1955〜2004
金砂村1889〜1955
金郷村1889〜1955
久米村1889〜1955
郡戸村1889〜1955
水府村1955〜2004
高倉村1896〜1956
天下野村1889〜1956
染和田村1889〜1955
山田村1889〜1955
里美村1956〜2004
小里村1889〜1956
賀美村1889〜1956
河内村1889〜1955
世矢村1889〜1955
佐都村1889〜1954
誉田村1889〜1954
機初村1889〜1954
太田町1889〜1954
佐竹村1889〜1954同じ名前の駅:佐竹駅
西小沢村1889〜1954
幸久村1889〜1954

参考にした資料