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大子町だいごまち

1920年には10の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の大子町になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の大子町

茨城県の北西端にあり、福島県と栃木県に接する山あいのまちです。八溝山系と阿武隈山系の山地に囲まれ、町の中央を久慈川が流れています。支流沿いに農地と集落が点在し、中心部には市街地があります。袋田の滝や八溝山、男体山、温泉などが観光の資源となっています。農林業も町の暮らしを支える産業です。川沿いの風景と山里の文化、水戸藩の時代から続く地域の中心地の歴史が重なるまちです。

今の大子町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,736人です。今の区域で数えた1980年の29,524人とくらべると46.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.2%です。

15,736人人口(2020年)
−46.7%1980年からの増減
328.7km²面積(概算)
48人/km²人口密度
46.2%65歳以上の割合
29,5241980199020052020
15歳未満 7.5%15〜64歳 46.2%65歳以上 46.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:奥久慈しゃもや果樹などの農業と、滝や温泉を巡る観光が盛んです。

特産品・名産

  • 奥久慈しゃも地域を代表する鶏の名産品
  • 奥久慈りんご観光農園でも親しまれる果物
  • 大黒煮豆常陸大黒豆を煮上げた郷土の味

見どころ・祭り

  • 袋田の滝四季で表情を変える名瀑
  • 旧上岡小学校木造校舎が残る歴史的な学校
  • 八溝山町を囲む山並みの代表的な山

木ブナ花茶鳥オシドリ大子町の木・花・鳥

大子町のなりたち

大子町(だいごまち)は、茨城県県北地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。諸富野村・黒沢村・佐原村・宮川村・生瀬村・依上村・袋田村・上小川村・下小川村・大子町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の大子町になりました。

今の名前「大子町」は、1920年にあった大子町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の大子町が約28km²だったのに対し、今の大子町は約329km²と、およそ11.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久慈郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧袋田村の区域には袋田駅(水郡線)があります。旧上小川村の区域には上小川駅(水郡線)があります。

101920年の町村の数
1回合併・編入の回数
329km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「大子町」という名前

「大子」は、1889年に置かれた大子村から受け継いだ名前です。村が町となった後、1955年に周辺の村と新設合併した際も、新しい町は大子を名乗りました。地名そのものの詳しい語源ははっきりしていません。袋田、黒沢、佐原などを含む現在の広い町と、合併前の大子町は区域が異なります。地域の中心であった大子の名が、山あいの村々をまとめる町名となっています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、浅川村、上岡村、大子村、山田村をまとめて久慈郡大子村が発足しました。同じ時期、周辺には黒沢村、宮川村、生瀬村、依上村、袋田村、上小川村、下小川村、諸富野村が置かれました。1890年には依上村の一部が分かれ、佐原村が生まれました。翌年、大子村は町制を施行して大子町となりました。

水戸藩の時代、大子には陣屋や郷校が置かれ、北部の政治や物流の中心を担いました。こんにゃくの栽培も藩の財政に結びつく産業でした。久慈川とその支流に沿う集落は、水郡線の開通によっても結ばれていきます。昭和の大合併では、そうした山あいの町村が一つの自治体にまとまりました。

1955年3月31日、大子町、依上村、佐原村、黒沢村、宮川村、生瀬村、袋田村、上小川村と、下小川村の一部が新設合併し、改めて大子町が発足しました。下小川村は全域が入ったのではなく、山方町に移った区域もあります。その直前には諸富野村の一部が下小川村へ編入されていました。平成の大合併では別の自治体と合併せず、久慈川流域の広い町を引き継いでいます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、久慈郡の大子村、黒沢村、宮川村、生瀬村、依上村、袋田村、上小川村、下小川村、諸富野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年8月7日明治23年依上村の一部(初原、槇野地、左貫)が分かれ、佐原村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1891年8月1日明治24年大子村が町制を施行し、大子町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1955年2月11日昭和30年諸富野村の一部が下小川村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1955年3月31日昭和30年大子町、依上村、佐原村、黒沢村、宮川村、生瀬村、袋田村、上小川村、下小川村の一部(山方町に編入した区域以外の区域)が新設合併し、大子町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大子町1891〜今
黒沢村1889〜1955
佐原村1890〜1955
宮川村1889〜1955
生瀬村1889〜1955
依上村1889〜1955
袋田村1889〜1955同じ名前の駅:袋田駅
上小川村1889〜1955同じ名前の駅:上小川駅
下小川村1889〜1955
諸富野村1889〜1955

参考にした資料