茨城県 › 水戸市

水戸市みとし

1920年には19の町村だった区域が、10回の合併・編入を経て、今の水戸市になりました。

19町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の水戸市

茨城県の県庁所在地で、那珂川と千波湖に結びつくまちです。川と湖の間の台地に城下町が築かれ、現在の中心市街地へとつながっています。周辺には合併で加わった農村や住宅地が広がっています。偕楽園や弘道館など、水戸藩の歴史を伝える場所が市街地の近くにあります。市の木は梅、市の花は萩で、偕楽園でも季節の花が見られます。歴史ある都市の景観と、湖辺や周辺地域の自然を併せ持つまちです。

今の水戸市の区域の人口は、2020年の国勢調査で270,685人です。今の区域で数えた1980年の239,742人とくらべると12.9%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.0%です。

270,685人人口(2020年)
+12.9%1980年からの増減
217.9km²面積(概算)
1,242人/km²人口密度
27.0%65歳以上の割合
270,7831980199020052020
15歳未満 12.8%15〜64歳 60.2%65歳以上 27.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業やサービス業が集まり、歴史文化を生かした観光も盛んです。

特産品・名産

  • 納豆水戸を代表する大豆の発酵食品
  • 水府提灯丈夫なつくりを特色とする伝統工芸品
  • 水戸藩らーめん光圀ゆかりの麺料理を再現

見どころ・祭り

  • 偕楽園梅の名所として親しまれる庭園
  • 弘道館水戸藩の学びの歴史を伝える藩校
  • 保和苑あじさいで知られる日本庭園

木梅花萩鳥ハクセキレイ水戸市の木・花・鳥

水戸市のなりたち

水戸市(みとし)は、茨城県県央地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。常磐村・緑岡村・中妻村・下中妻村・鯉淵村・下大野村・稲荷村・大場村・山根村・上中妻村・河和田村・渡里村・柳河村・上大野村・酒門村・吉田村・飯富村・国田村・水戸市です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の水戸市になりました。

今の名前「水戸市」は、1920年にあった水戸市の名前を受け継いでいます。ほかの18の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の水戸市が約9km²だったのに対し、今の水戸市は約218km²と、およそ25.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東茨城郡・那珂郡に属していました。

191920年の町村の数
10回合併・編入の回数
218km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「水戸市」という名前

「水戸」は、水の出入口を表す「みと」という言葉に結びつくとされています。那珂川と千波湖の間へ突き出す台地の先端を呼んだ、地形にちなむ名前です。古い文書にも地名が見られ、水戸徳川家の城下町の名として広く知られるようになりました。1889年に市制を施行したときも水戸を名乗り、周辺の村や内原町を編入した後も、歴史ある地名を市名として引き継いでいます。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、水戸は日本で最初に市制を施行した市の一つとなりました。水戸徳川家の城下町をもとに、市街地の周囲には常磐村、緑岡村、渡里村、吉田村などの村が置かれていました。1933年には常磐村、1952年には緑岡村を編入しました。昭和の大合併では、城下から周辺へ市域を広げていきます。

1955年には上大野村、柳河村、渡里村、吉田村と、酒門村、河和田村の一部が水戸市に入りました。同じ時期、飯富村は山根村の成沢を合わせて新たな村となり、上中妻村と山根村、河和田村の残る地域は赤塚村にまとまりました。下大野村、大場村、稲荷村は常澄村をつくり、中妻村、下中妻村、鯉淵村の一部は内原村になりました。

1957年に飯富村と国田村、1958年に赤塚村を編入しました。内原村は1965年に町制を施行し、内原町になっています。その後、1992年3月3日に常澄村、2005年2月1日に内原町を水戸市へ編入しました。城下町を中心とした市から、那珂川沿いの集落や台地の農村を含む市へと変わってきた歩みです。内原、常澄、赤塚などの名は、地域の呼び名や駅名に今も残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東茨城郡の常磐村、緑岡村、上大野村、渡里村、吉田村、酒門村、河和田村、飯富村、山根村、上中妻村、中妻村、下中妻村、鯉淵村、下大野村、稲荷村、大場村と、那珂郡の柳河村、国田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年水戸市が市制を施行した。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1933年3月15日昭和8年常磐村が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1947年吉田村の一部が水戸市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  5. 1952年4月1日昭和27年緑岡村が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1952年4月1日昭和27年上大野村の一部が水戸市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1955年3月31日昭和30年下大野村、大場村、稲荷村が新設合併し、常澄村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1955年3月31日昭和30年鯉淵村の一部(五平、鯉淵の一部)が友部町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1955年3月31日昭和30年中妻村、下中妻村、鯉淵村の一部(友部町に編入した区域以外の区域)が新設合併し、内原村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1955年4月1日昭和30年上大野村、柳河村、渡里村、吉田村、酒門村の一部(石川、酒門、谷田)、河和田村の一部(赤塚、河和田の一部)が水戸市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1955年4月1日昭和30年酒門村の一部(水戸市が編入した区域以外の区域)が石崎村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  12. 1955年4月1日昭和30年飯富村、山根村の一部(成沢)が新設合併し、飯富村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  13. 1955年4月1日昭和30年上中妻村、山根村の一部(飯富村が合体した区域以外の区域)、河和田村の一部(水戸市が編入した区域以外の区域)が新設合併し、赤塚村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  14. 1957年6月1日昭和32年飯富村、国田村が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  15. 1958年4月1日昭和33年赤塚村が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  16. 1965年1月1日昭和40年内原村が町制を施行し、内原町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  17. 1992年3月3日平成4年常澄村が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  18. 2005年2月1日平成17年内原町が水戸市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

水戸市1889〜今
内原村→内原町1955〜2005同じ名前の駅:内原駅
中妻村1889〜1955
下中妻村1889〜1955
鯉淵村1889〜1955
常澄村1955〜1992同じ名前の駅:常澄駅
下大野村1889〜1955
稲荷村1889〜1955
大場村1889〜1955
赤塚村1955〜1958同じ名前の駅:赤塚駅
山根村1889〜1955
上中妻村1889〜1955
河和田村1889〜1955
飯富村1889〜1957
国田村1889〜1957
渡里村1889〜1955
柳河村1889〜1955
上大野村1889〜1955
酒門村1889〜1955
吉田村1889〜1955
緑岡村1889〜1952
常磐村1889〜1933

参考にした資料