今のひたちなか市
茨城県の太平洋岸にあり、勝田の市街地と那珂湊の港町がまとまったまちです。内陸には住宅地や工業の地域が広がり、海岸には港や海浜の景観があります。国営ひたち海浜公園と茨城港常陸那珂港区を核に、返還された射爆撃場跡地の開発が進みました。勝田駅周辺には商業や業務の施設が集まっています。工業と港湾、暮らしの市街地、海浜の観光が、旧二市から受け継ぐまちの性格を形づくっています。
今のひたちなか市の区域の人口は、2020年の国勢調査で156,581人です。今の区域で数えた1980年の125,945人とくらべると24.3%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.2%です。
主な産業:ほしいもづくりと漁業に加え、海辺の観光が地域を支えています。
特産品・名産
- ほしいもサツマイモを蒸して干した地域の名産
- 那珂湊焼きそば那珂湊で親しまれるご当地の味
- スタミナラーメン野菜やレバーの餡を使う名物
見どころ・祭り
- 国営ひたち海浜公園季節の花々や草木を楽しめる公園
- 那珂湊おさかな市場海産物の買い物や食事を楽しむ市場
- 酒列磯前神社海辺の自然に囲まれた神社
木いちょう花はまぎく鳥うぐいすひたちなか市の木・花・鳥
ひたちなか市のなりたち
ひたちなか市(ひたちなかし)は、茨城県県央地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。中野村・川田村・前渡村・平磯町・佐野村・勝田村・湊町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今のひたちなか市になりました。
今の名前「ひたちなか市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の前渡村が約22km²だったのに対し、今のひたちなか市は約101km²と、およそ4.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は那珂郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧平磯町の区域には平磯駅(ひたちなか海浜鉄道 湊線)があります。旧勝田村の区域には勝田駅(ひたちなか海浜鉄道 湊線)があります。
「ひたちなか市」という名前
「ひたちなか」は、旧国名の常陸と、かつて地域が属した那珂郡に結びつく名前です。1994年に勝田市と那珂湊市が合併したとき、新しい市の名前として採用されました。旧市のうち一方だけの名をそのまま使わず、ひらがなの市名となっています。勝田と那珂湊の名前は、現在も駅名や地域名に残っています。二つの市がまとまった経緯を知ると、市内の地名の違いにも歴史が見えてきます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、那珂郡に湊町、平磯町、勝田村、佐野村、前渡村、中野村、川田村が発足しました。那珂川河口に近い湊の港町と、内陸の村々が、現在の市の前身です。湊町は1939年に那珂湊町へ改称しました。1940年には勝田村、中野村、川田村が合併し、勝田町が発足しました。
1954年3月、前渡村が分かれ、一部は那珂湊町、残る地域は勝田町に入りました。その翌日、那珂湊町は平磯町を編入し、市制を施行して那珂湊市となりました。同年11月には勝田町が佐野村を編入し、勝田市となりました。海辺の港町と、鉄道沿線や工業の地域をもつ市が、それぞれに歩みを重ねていきます。
海岸では、1973年に返還された射爆撃場跡地をもとに、港湾や公園を核とする開発が進みました。1994年11月1日、勝田市と那珂湊市が新設合併し、ひたちなか市が発足しました。国営ひたち海浜公園と茨城港常陸那珂港区も、新しいまちづくりを支える場所となっています。勝田、那珂湊、平磯などの地名には、合併前の地域の成り立ちが今も残っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那珂郡の湊町、平磯町、勝田村、佐野村、前渡村、中野村、川田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1939年4月1日昭和14年湊町が那珂湊町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1940年4月29日昭和15年勝田村、中野村、川田村が新設合併し、勝田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年3月30日昭和29年前渡村の一部(前浜の一部)が那珂湊町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年3月30日昭和29年前渡村の一部(那珂湊町に編入した区域以外の区域)が勝田町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年3月31日昭和29年平磯町が那珂湊町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年3月31日昭和29年那珂湊町が市制を施行し、那珂湊市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年11月1日昭和29年佐野村が勝田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年11月1日昭和29年勝田町が市制を施行し、勝田市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1994年11月1日平成6年勝田市、那珂湊市が新設合併し、ひたちなか市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.pref.ibaraki.jp/kikaku/tokei/fukyu/tokei/tokeisyo/nenkan2024/documents/nenka
- www.city.hitachinaka.lg.jp/shisei/profile/1007220/1004726.html
- www.city.hitachinaka.lg.jp/business/kigyoyuchi/1001656/1001657.html
- www.city.hitachinaka.lg.jp/hitachinakalife/l_place/
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%B2%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AA%E3%81%8B
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