今の土浦市
茨城県南部、霞ヶ浦の西岸にあるまちです。桜川が市街地を通って湖へ注ぎ、北西には筑波山へ続く農村地域が広がります。土浦駅周辺の市街地と、荒川沖方面の住宅地、新治地区の田畑が一つの市域にあります。湖岸の低地ではレンコンの栽培が行われています。城跡を整備した亀城公園には城下町の歴史が残ります。水辺の景観と、鉄道沿線の市街地、内陸の農村が組み合わさったまちです。
今の土浦市の区域の人口は、2020年の国勢調査で142,074人です。今の区域で数えた1980年の121,300人とくらべると17.1%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.5%です。
主な産業:レンコン栽培と商業を軸に、湖岸の観光やサイクリングも盛んです。
特産品・名産
- レンコン霞ヶ浦湖岸で盛んに栽培される
- 土浦ツェッペリンカレー飛行船ゆかりの土浦のご当地カレー
- 小野小町そば小野地区ゆかりのそばの名産品
見どころ・祭り
- 霞ヶ浦サイクリングでも親しまれる湖
- 亀城公園土浦城の堀や櫓門が残る公園
- 小町の館小野小町ゆかりの地域にある交流施設
木ポプラ・ケヤキ花サクラ鳥ヨシキリ・ウグイス土浦市の木・花・鳥
土浦市のなりたち
土浦市(つちうらし)は、茨城県県南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。中家村・東村・真鍋町・都和村・上大津村・山ノ荘村・斗利出村・藤沢村・土浦町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の土浦市になりました。
今の名前「土浦市」は、1920年にあった土浦町の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の土浦町が約5km²だったのに対し、今の土浦市は約123km²と、およそ26.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は新治郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、新治郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。
「土浦市」という名前
土浦市の名は、合併前の土浦町から受け継いだものです。土浦という地名が生まれた詳しい経緯は、はっきりしていません。霞ヶ浦のほとりにある城下町の名として使われ、町村制の施行後も土浦町と呼ばれました。1940年に真鍋町と合併した際には、この旧町名を市名に引き継ぎました。2006年の新治村の編入後も、市の名前は変わっていません。
まちの成り立ち
霞ヶ浦の西岸に広がる土浦は、城下町と湖の港を中心にまとまってきたまちです。1889年の町村制では土浦町と真鍋町のほか、都和村、上大津村、中家村、東村などが発足しました。現在の新治地区には藤沢村・山ノ荘村・斗利出村がありました。
土浦町は1937年に中家村、1939年に東村とそれぞれ新設合併しました。1940年には土浦町と真鍋町が合併し、土浦市が生まれました。これは土浦町だけが市制を施行したものではなく、二つの町を合わせて市を作った出来事です。1948年には都和村と朝日村の一部を編入し、荒川沖方面へ市域が広がりました。1954年には上大津村も加わりました。
一方、北西の藤沢村・山ノ荘村・斗利出村は1955年に合併して新治村となりました。新治村は昭和の合併後も独立した村として続き、2006年に土浦市へ編入されました。湖岸の市街地と、筑波山麓へ続く農村地域は、この合併で一つの市になっています。都和や上大津は昭和の編入で市に加わり、藤沢を含む新治村は平成の編入で市の一部となりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、新治郡に土浦町・真鍋町・都和村・上大津村・藤沢村・斗利出村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、筑波郡に山ノ荘村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、信太郡に中家村・東村・朝日村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年山ノ荘村は筑波郡から、東村・中家村は信太郡から、それぞれ新治郡へ所属郡が変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1937年4月1日昭和12年土浦町と中家村が合併し、新たな土浦町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1939年6月1日昭和14年土浦町と東村が合併し、新たな土浦町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1940年11月3日昭和15年土浦町と真鍋町が合併し、市制を施行して土浦市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1948年9月1日昭和23年都和村と朝日村の一部(沖新田・荒川本郷・荒川沖の各一部)が土浦市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1954年11月1日昭和29年上大津村が土浦市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 1955年7月27日昭和30年藤沢村・山ノ荘村・斗利出村が合併し、新治村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
- 2006年2月20日平成18年新治村が土浦市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。