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小美玉市おみたまし

1920年には7の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の小美玉市になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の小美玉市

茨城県のほぼ中央にあり、南部で霞ヶ浦に接するまちです。起伏の少ない台地が広がり、湖辺と内陸の地域が一つの市になっています。西部には常磐線、国道6号、常磐自動車道が通り、東部には百里基地と茨城空港があります。小川、美野里、玉里の三地域の暮らしを受け継ぎながら、空港を通じた交流も加わりました。湖と平坦な土地、鉄道や道路、空の交通が、それぞれ市の地域を結ぶまちです。

今の小美玉市の区域の人口は、2020年の国勢調査で48,870人です。今の区域で数えた1980年の44,371人とくらべると10.1%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.4%です。

48,870人人口(2020年)
+10.1%1980年からの増減
145km²面積(概算)
337人/km²人口密度
30.4%65歳以上の割合
53,4061980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 58.0%65歳以上 30.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:鶏卵や生乳を生産する畜産と、茨城空港周辺の交流が地域を支えています。

特産品・名産

  • 鶏卵養鶏が盛んな地域の特産品
  • おみたまヨーグルト小美玉産生乳を使った乳製品
  • おみたまプリン卵と牛乳を生かした地域の菓子

見どころ・祭り

  • 茨城空港北関東の空の玄関口
  • 空のえきそ・ら・ら地域の食や産品を楽しむ交流施設
  • 希望ヶ丘公園秋のコスモスが親しまれる公園

木ケヤキ花コスモス鳥シラサギ小美玉市の木・花・鳥

小美玉市のなりたち

小美玉市(おみたまし)は、茨城県県央地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。白河村・橘村・田余村・玉川村・堅倉村・竹原村・小川町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の小美玉市になりました。

今の名前「小美玉市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の堅倉村が約39km²だったのに対し、今の小美玉市は約145km²と、およそ3.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は新治郡・東茨城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、新治郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。

71920年の町村の数
4回合併・編入の回数
145km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「小美玉市」という名前

「小美玉」は、小川町、美野里町、玉里村から一文字ずつ取った名前です。2006年の合併に向けて公募され、協議会で候補を絞った後、投票によって決まりました。三町村の名を公平に残し、新しい市の歴史を表すことが選定の理由に挙げられています。合併以前から広域消防の名称としても使われており、地域になじみのある名前でした。旧町村の名を組み合わせた地名が、市の歩みを伝えています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、現在の小美玉市の地域には小川町、下野合村、橘村、堅倉村、竹原村、田余村、玉川村が置かれました。下野合村は1891年に白河村へ改称しました。小川や竹原、堅倉の地域は東茨城郡、田余と玉川の地域は新治郡に属し、現在の市は郡の境を越えてまとまった自治体です。

1954年12月10日、小川町、橘村、白河村が新設合併し、新しい小川町が発足しました。1955年には田余村と玉川村が玉里村になりました。1956年8月1日、竹原村と堅倉村が合併して竹原堅倉村が生まれ、同月25日に美野里村へ改称しました。美野里村は1959年4月1日に町制を施行し、美野里町となりました。

こうして小川町、美野里町、玉里村の三町村が続きました。平成の合併では、新市の名称を公募し、協議会で話し合いを重ねました。2006年3月27日、三町村が新設合併し、小美玉市が発足しました。湖辺の玉里、内陸の美野里、小川の地域が一つにまとまった市です。合併後に開港した茨城空港も、この地域に新たな交流をもたらしました。市名には、もとの三町村それぞれの名前が残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東茨城郡の小川町、下野合村、橘村、堅倉村、竹原村と、新治郡の田余村、玉川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1891年5月25日明治24年下野合村が白河村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1954年12月10日昭和29年小川町、橘村、白河村が新設合併し、小川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1955年3月31日昭和30年田余村、玉川村が新設合併し、玉里村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1956年8月1日昭和31年竹原村、堅倉村が新設合併し、竹原堅倉村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1956年8月25日昭和31年竹原堅倉村が美野里村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1959年4月1日昭和34年美野里村が町制を施行し、美野里町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 2006年3月27日平成18年小川町、美野里町、玉里村が新設合併し、小美玉市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

小美玉市2006〜今
小川町1889〜2006
白河村1891〜1954
橘村1889〜1954
玉里村1955〜2006
田余村1889〜1955
玉川村1889〜1955
美野里町1956〜2006
堅倉村1889〜1956
竹原村1889〜1956

参考にした資料