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城里町しろさとまち

1920年には7の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の城里町になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の城里町

茨城県北西部の内陸で、那珂川沿いの平地と山あいを合わせたまちです。東部には川に並行して国道123号が通り、その周辺に集落や市街地があります。内陸には山林と農地が広がっています。那珂川や藤井川の流域では米、野菜、お茶などが栽培され、町の特産品となっています。旧常北、桂、七会の地域がまとまり、川辺と山里の異なる景観を引き継いでいます。水戸の近くで農村と自然が見られるまちです。

今の城里町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,097人です。今の区域で数えた1980年の20,461人とくらべると11.6%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.5%です。

18,097人人口(2020年)
−11.6%1980年からの増減
162.6km²面積(概算)
111人/km²人口密度
37.5%65歳以上の割合
23,0071980199020052020
15歳未満 8.6%15〜64歳 53.9%65歳以上 37.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米や園芸作物、古内茶の農業と、自然を生かした観光が盛んです。

特産品・名産

  • ななかいの里コシヒカリ七会地区の自然を生かして育てる米
  • 古内茶地域で受け継がれる茶の栽培
  • レッドポアロー赤ネギとして知られる特産の野菜

見どころ・祭り

  • 御前山山と川の自然を楽しめる
  • ホロルの湯地域の温泉を楽しむ施設
  • ふれあいの里キャンプや体験の拠点

木スダジイ花ヤマユリ鳥ウグイス城里町の木・花・鳥

城里町のなりたち

城里町(しろさとまち)は、茨城県県央地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。西郷村・石塚町・小松村・沢山村・岩船村・圷村・七会村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の城里町になりました。

今の名前「城里町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の七会村が約63km²だったのに対し、今の城里町は約163km²と、およそ2.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東茨城郡・西茨城郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、西茨城郡は2006年(平成18年)3月19日に廃止されました。

71920年の町村の数
3回合併・編入の回数
163km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「城里町」という名前

「城里」は、2005年に常北町、桂村、七会村が合併した際に付けられた新しい町名です。水戸城の北側にある地域を表す「城北」の「城」と、ふるさとのイメージを持つ「里」を組み合わせたものとされています。合併前には、ふれあいの里、うぐいすの里、山びこの郷という施設名もありました。旧三町村の名前とは異なる、新しい町のまとまりを示す名前になっています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、東茨城郡に石塚村、小松村、西郷村、圷村、岩船村、沢山村が、西茨城郡に七会村が置かれました。那珂川沿いの平地と、内陸の山あいにそれぞれ村があり、現在の町は二つの郡に分かれた地域から成り立っています。石塚村は1919年に町制を施行し、石塚町となりました。

昭和の大合併では、1955年2月11日に二つの新しい自治体が生まれました。石塚町、小松村、西郷村は常北町に、圷村、岩船村、沢山村は桂村にまとまりました。一方、七会村は合併せずに村として続きました。川沿いの土地と山間の集落は、しばらく一町二村に分かれて歩みました。

2005年2月1日、常北町、桂村、七会村が新設合併し、東茨城郡城里町が発足しました。合併によって西茨城郡七会村の区域も東茨城郡の町に含まれることになりました。町の東部では那珂川と国道123号に沿って暮らしの地域が広がり、内陸には山林や農地が残っています。常北・桂・七会の旧町村名や、石塚・圷などの地名は、合併後も各地区の名称として残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東茨城郡の石塚村、小松村、西郷村、圷村、岩船村、沢山村と、西茨城郡の七会村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1919年10月1日大正8年石塚村が町制を施行し、石塚町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1955年2月11日昭和30年石塚町、小松村、西郷村が新設合併し、常北町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1955年2月11日昭和30年圷村、岩船村、沢山村が新設合併し、桂村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 2005年2月1日平成17年常北町、桂村、七会村が新設合併し、城里町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

城里町2005〜今
七会村1889〜2005
常北町1955〜2005
西郷村1889〜1955
石塚町1919〜1955
小松村1889〜1955
桂村1955〜2005
沢山村1889〜1955
岩船村1889〜1955
圷村1889〜1955

参考にした資料