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日立市ひたちし

1920年には14の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の日立市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の日立市

茨城県北部で、太平洋と多賀山地の間に南北に広がるまちです。海岸に沿って鉄道や国道が通り、その周辺に市街地と工場が集まっています。鉱山の開発から電機産業が育ち、県北の工業都市として発展しました。山あいには農地や集落も残っています。煙害から自然を回復するための桜の植栽は、現在の景観につながっています。かみね公園や平和通りの桜、海辺の伊師浜など、工業の歴史と自然が重なるまちです。

今の日立市の区域の人口は、2020年の国勢調査で174,508人です。今の区域で数えた1980年の215,498人とくらべると19.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.9%です。

174,508人人口(2020年)
−19.0%1980年からの増減
227.6km²面積(概算)
767人/km²人口密度
32.9%65歳以上の割合
218,1111980199020052020
15歳未満 10.2%15〜64歳 56.9%65歳以上 32.9%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:電機などの製造業がまちを支え、海と山の観光も盛んです。

特産品・名産

  • 久慈浜しらす久慈浜で水揚げされるしらすの加工品
  • ポポー果実やアイスなどの加工品で親しまれる
  • 日立煎餅日立地域ブランドに認定された米菓

見どころ・祭り

  • かみね公園動物園や遊園地を備えた公園
  • 御岩神社山の緑に囲まれた歴史ある神社
  • 日鉱記念館日立鉱山の歴史を伝える施設

木ケヤキ花サクラ鳥ウミウ日立市の木・花・鳥

日立市のなりたち

日立市(ひたちし)は、茨城県県北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。高鈴村・鮎川村・河原子町・国分村・坂上村・黒前村・櫛形村・中里村・日高村・坂本村・久慈町・東小沢村・豊浦町・日立村です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の日立市になりました。

今の名前「日立市」は、1920年にあった日立村の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の日立村が約22km²だったのに対し、今の日立市は約228km²と、およそ10.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久慈郡・多賀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、多賀郡は2004年(平成16年)11月1日に廃止されました。

141920年の町村の数
8回合併・編入の回数
228km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「日立市」という名前

「日立」は、徳川光圀がこの地を訪れ、海から昇る朝日の美しさをたたえた故事にちなむとされています。1889年に宮田村と滑川村がまとまった際、日立村という名前が採用されました。鉱山とともに発展した日立製作所も、この土地の名を社名に取り入れています。村から町、そして市へと移る間、朝日に結びつく地名が受け継がれてきました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、宮田と滑川をまとめた日立村や、助川と会瀬をまとめた高鈴村が発足しました。現在の市域には、海岸の町と山あいの村が別々に置かれていました。日立鉱山の開発や日立製作所の成長によって、地域は鉱工業のまちへと姿を変えます。1924年に日立村が日立町となり、高鈴村も助川町になりました。1939年9月1日、日立町と助川町が合併し、日立市が生まれました。

南側では、河原子町、国分村、鮎川村が多賀町にまとまり、後に坂上村を編入しました。1955年2月15日、日立市は多賀町、日高村、久慈町、中里村、坂本村、東小沢村を編入しました。多賀郡と久慈郡に分かれていた地域が、一つの市に組み込まれた大きな転機でした。翌年には豊浦町も編入しています。

北側の櫛形村と黒前村は、高萩市との一部区域の移動を経て十王村にまとまり、1956年に十王町となりました。2004年11月1日、十王町を日立市に編入し、現在の市域になりました。助川、河原子、久慈、十王などの名前には、合併以前の地域の歩みが残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、多賀郡の日立村、高鈴村、日高村、豊浦町、黒前村、櫛形村、鮎川村、河原子町、国分村、坂上村と、久慈郡の中里村、坂本村、久慈村、東小沢村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1894年2月5日明治27年久慈村が町制を施行し、久慈町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1924年8月26日大正13年日立村が町制を施行し、日立町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1925年4月1日大正14年高鈴村が改称して町制を施行し、助川町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1939年4月1日昭和14年河原子町、国分村、鮎川村が新設合併し、多賀町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1939年9月1日昭和14年日立町、助川町が新設合併し、日立市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1941年4月1日昭和16年坂上村が多賀町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1954年11月23日昭和29年高萩町、松岡町、高岡村、櫛形村の一部、黒前村の一部(福平)が新設合併し、高萩市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1955年2月11日昭和30年櫛形村、黒前村、高萩市の一部(友部)が新設合併し、十王村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1955年2月15日昭和30年多賀町、日高村、久慈町、中里村、坂本村、東小沢村が日立市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1956年1月1日昭和31年十王村が町制を施行し、十王町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  12. 1956年9月20日昭和31年豊浦町が日立市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  13. 2004年11月1日平成16年十王町が日立市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

日立村→日立市1889〜今
十王村→十王町1955〜2004
黒前村1889〜1955
櫛形村1889〜1955
豊浦町1889〜1956
中里村1889〜1955
日高村1889〜1955
坂本村1889〜1955
久慈町1894〜1955
東小沢村1889〜1955
多賀町1939〜1955
坂上村1889〜1941
鮎川村1889〜1939
河原子町1889〜1939
国分村1889〜1939
高鈴村1889〜1925

参考にした資料