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常陸大宮市ひたちおおみやし

1920年には18の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の常陸大宮市になりました。

18町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の常陸大宮市

茨城県北西部の内陸に広がり、那珂川と久慈川に結びつくまちです。大宮の市街地の周辺に農地があり、北部や西部には森林と山あいの集落が広がっています。街道の宿場や河岸を通じて、水戸と北関東を結ぶ交通と交易の歴史があります。山方の西野内和紙やこんにゃくなど、地域の暮らしから育った産業も伝わっています。旧大宮、山方、美和、緒川、御前山の各地域に、川と山を生かした文化が残っています。

今の常陸大宮市の区域の人口は、2020年の国勢調査で39,267人です。今の区域で数えた1980年の50,332人とくらべると22.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.8%です。

39,267人人口(2020年)
−22.0%1980年からの増減
350.8km²面積(概算)
112人/km²人口密度
37.8%65歳以上の割合
50,3321980199020052020
15歳未満 9.4%15〜64歳 52.8%65歳以上 37.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林産物や和紙の生産が根付き、川や山の自然を生かした観光が盛んです。

特産品・名産

  • 西ノ内和紙コウゾを使った地域の伝統工芸品
  • 鮎久慈川や那珂川の清流の味覚
  • 久慈の山地域で醸される地酒

見どころ・祭り

  • 鷲子山上神社山上にある歴史深い神社
  • 湯の澤鉱泉山里の温泉を楽しめる
  • 西塩子の回り舞台組み立て式の伝統的な回り舞台

木さくら花ばら鳥かわせみ常陸大宮市の木・花・鳥

常陸大宮市のなりたち

常陸大宮市(ひたちおおみやし)は、茨城県県北地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、18の町村がありました。諸富野村・野口村・伊勢畑村・下小川村・世喜村・大賀村・玉川村・大場村・上野村・静村・塩田村・長倉村・嶐郷村・檜沢村・八里村・小瀬村・山方村・大宮町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の常陸大宮市になりました。

今の名前「常陸大宮市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの18の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の嶐郷村が約47km²だったのに対し、今の常陸大宮市は約351km²と、およそ7.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は久慈郡・東茨城郡・那珂郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧下小川村の区域には下小川駅(水郡線)があります。旧玉川村の区域には玉川村駅(水郡線)があります。旧山方村の区域には山方宿駅(水郡線)があります。

181920年の町村の数
6回合併・編入の回数
351km²今の面積
2004年いちばん新しい合併

「常陸大宮市」という名前

市名は、旧大宮町の「大宮」に、旧国名の「常陸」を付けたものです。大宮は明治の町村制の時から使われていた町名で、2004年に周辺四町村を編入し、市となる際に常陸大宮へ改称しました。合併した美和は公募による村名で、緒川は地域を流れる川、御前山は山にちなむ名前でした。市名には大宮を残しながら、そうした地域も一つの市になりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、大宮町や山方村、檜沢村、嶐郷村、小瀬村、八里村、野口村、伊勢畑村、長倉村などが発足しました。現在の市域は那珂郡、久慈郡、東茨城郡にまたがる町村から成り立っています。水戸藩の時代には街道の宿場と、那珂川や久慈川の舟運が地域を結んでいました。山方村は1947年に町制を施行しました。

1955年、大宮町は玉川村、大賀村、大場村、上野村と、静村、世喜村の一部を合わせて新たな町になりました。塩田村も分かれて大宮町と山方町に入りました。山方町には諸富野村、下小川村、世喜村の一部も加わっています。分けられた村の区域は、それぞれ大宮町と山方町に入りました。

西側では、1955年に野口村と伊勢畑村が御前山村になりました。翌年には長倉村も加わりました。同年、檜沢村と嶐郷村は檜沢嶐郷村として合併し、すぐ美和村へ改称しました。小瀬村と八里村は緒川村になりました。2004年10月16日、大宮町が山方町、美和村、緒川村、御前山村を編入し、常陸大宮市となりました。二つの川沿いに育った町と山村が、一つの市にまとまりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那珂郡の大宮町、山方村、大賀村、玉川村、大場村、上野村、静村、塩田村、檜沢村、嶐郷村、小瀬村、八里村、野口村、長倉村、久慈郡の世喜村、下小川村、諸富野村と、東茨城郡の伊勢畑村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1947年9月1日昭和22年山方村が町制を施行し、山方町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp
  3. 1955年2月11日昭和30年伊勢畑村、野口村が新設合併し、御前山村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  4. 1955年2月11日昭和30年諸富野村の一部が下小川村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  5. 1955年2月11日昭和30年諸富野村の一部が山方町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1955年3月31日昭和30年大宮町、玉川村、大賀村、大場村、上野村、静村の一部、世喜村の一部が新設合併し、大宮町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1955年3月31日昭和30年世喜村の一部(大宮町に合体した区域以外の区域)、下小川村の一部(久隆、家和楽、盛金の一部)が山方町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1955年7月1日昭和30年塩田村の一部(照田の一部、北塩子、西塩子)が大宮町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1955年7月1日昭和30年塩田村の一部(大宮町に編入した区域以外の区域)が山方町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1956年9月29日昭和31年檜沢村、嶐郷村が新設合併し、檜沢嶐郷村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1956年9月29日昭和31年檜沢嶐郷村が美和村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
  12. 1956年9月29日昭和31年小瀬村、八里村が新設合併し、緒川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  13. 1956年9月29日昭和31年御前山村、長倉村が新設合併し、御前山村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  14. 2004年10月16日平成16年山方町、美和村、緒川村、御前山村が大宮町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  15. 2004年10月16日平成16年大宮町が常陸大宮へ改称して市制を施行し、常陸大宮市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

常陸大宮市2004〜今
山方村→山方町1889〜2004
塩田村1889〜1955
下小川村1889〜1955同じ名前の駅:下小川駅
世喜村1889〜1955
諸富野村1889〜1955
大宮町1889〜2004
大賀村1889〜1955
玉川村1889〜1955
大場村1889〜1955
上野村1889〜1955
静村1889〜1955
御前山村1955〜2004
長倉村1889〜1956
野口村1889〜1955
伊勢畑村1889〜1955
美和村1956〜2004
嶐郷村1889〜1956
檜沢村1889〜1956
緒川村1956〜2004
八里村1889〜1956
小瀬村1889〜1956

参考にした資料