今の富良野市
北海道のほぼ中央、富良野盆地の中心にある市です。東に十勝岳連峰、西に夕張山地が連なり、盆地には空知川が流れます。基幹産業は農業で、タマネギ・ニンジン・メロン・スイカなどの野菜、水稲、畜産が営まれます。ラベンダー畑の風景は環境省の「かおり風景100選」に選ばれました。テレビドラマ『北の国から』の舞台として訪れる人が増え、冬はスキー場も人気です。
今の富良野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で21,131人です。今の区域で数えた1980年の28,499人とくらべると25.9%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.6%です。
主な産業:野菜(タマネギ・ニンジン・メロンなど)、水稲、畜産の農業が基幹産業で、観光も盛んです。
特産品・名産
- ふらのワイン市のぶどう果樹研究所が造るワイン
- ふらのチーズふらのチーズ工房で作られるチーズ
- メロンタマネギ・ニンジンなどと並ぶ市の農産物
見どころ・祭り
- 富良野スキー場市の北の峰地区にあるスキー場
- 麓郷の森麓郷エリアにある観光スポット
- 風のガーデン北の峰エリアにある庭園
- フラノマルシェ市街地にある地場産品の商業施設
木イチイ、ホオノキ花エゾムラサキツツジ鳥クマゲラ富良野市の木・花・鳥
富良野市のなりたち
富良野市(ふらのし)は、北海道上川地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。山部村・富良野町です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の富良野市になりました。
今の名前「富良野市」は、1920年にあった富良野町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧山部村の区域には山部駅(根室本線)があります。
「富良野市」という名前
「富良野」は、アイヌ語の「フラヌイ」(臭い・もつ・所)が変化した名とされています。十勝岳を水源とする富良野川が硫黄のにおいを含むことから、そう呼ばれたと考えられています。1966年(昭和41年)に富良野町が山部町と合わさって市になったとき、町の名がそのまま市の名になりました。
まちの成り立ち
富良野の開拓は、1897年(明治30年)に福岡県の佐々木正蔵が土地の貸付を受け、小作人3戸と移住したことに始まります。翌1898年に北大付属の第8農場が設けられると、移住する人が増えました。1899年(明治32年)に上川支庁管内に編入されて富良野村になり、1903年(明治36年)に下富良野戸長役場が分かれました。1906年に占冠村と合わせて下富良野村外1村の戸長役場となりましたが、1908年に金山より東が南富良野村として分けられています。1915年(大正4年)4月1日、山部村を分けると同時に二級町村制を施行して下富良野村となり、1919年に富良野町と改称しました。1921年には一級町村制になっています。1940年に山部村から東山村が分かれ、1956年(昭和31年)9月30日に富良野町と東山村が合わさって新しい富良野町が生まれました。山部村は1965年(昭和40年)1月1日に町制を施行して山部町になり、1966年(昭和41年)5月1日、富良野町と山部町を廃して富良野市が置かれました。
年表
- 1915年4月1日大正4年空知郡の下富良野村から山部村が分かれ、下富良野村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1919年4月1日大正8年下富良野村が富良野町と改称し、町となった。同じ日に山部村に二級町村制が施行された。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1921年4月1日大正10年富良野町が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1940年4月1日昭和15年山部村の一部が分かれて東山村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年富良野町と東山村が廃され、新設合併で新しい富良野町が置かれた。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1965年1月1日昭和40年山部村が町制を施行し、山部町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1966年5月1日昭和41年富良野町と山部町が廃され、新設合併で富良野市が置かれた。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。