今の中富良野町
北海道のほぼ中央、富良野盆地の中ほどにある町です。盆地の平らな土地に農地が広がり、稲作を中心に野菜やメロン、スイカなどが育てられます。夏には各地のラベンダー畑が紫色に染まり、「ふらののラベンダー」は2001年に環境省の「かおり風景100選」に選ばれました。町内の北星山には、雲海を望める場所があります。富良野・美瑛観光圏を作る6市町村の一つです。
今の中富良野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,733人です。今の区域で数えた1980年の7,039人とくらべると32.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.6%です。
主な産業:稲作を中心とした農業が基幹産業で、メロン・スイカ・タマネギなども栽培されます。
特産品・名産
- クリーン米減農薬・有機栽培を取り入れた米づくり
- メロン町内で栽培される夏の作物
- スイカ町内で栽培される夏の作物
見どころ・祭り
- ファーム富田ラベンダー畑で知られる観光農園
- 北星山ラベンダー園町営のラベンダー園
- なかふらのラベンダーまつり毎年7月に開かれる祭り
- 北星山の雲海北星山から望む雲海
木コブシ花ラベンダー中富良野町の木・花
中富良野町のなりたち
中富良野町(なかふらのちょう)は、北海道上川地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに中富良野村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「中富良野町」という名前
「中富良野」は、アイヌ語の「フーラヌイ」に由来する名とされています。「フーラヌイ」は「臭くにおう泥土」「腐れ泥」を意味し、泥炭地帯を表した地名で、その中心が今の中富良野にあたります。「フラヌイ」から「富良野」となり、富良野盆地の中ほどに位置することから「中」が付きました。
まちの成り立ち
中富良野の開拓は、1896年(明治29年)に植民地の区画が設けられ、1898年(明治31年)に福井県と石川県の人々が団体で移り住んだことに始まります。当時は歌志内村外一村の戸長役場の管轄で、1899年(明治32年)に富良野村戸長役場の管轄になりました。1903年(明治36年)7月、富良野村が下富良野村と上富良野村の二つに分けられ、中富良野は上富良野村に属します。1906年(明治39年)4月には上富良野村が二級町村制を施行しました。1917年(大正6年)4月1日、上富良野村から分かれて二級町村制を施行し、中富良野村になりました。1923年(大正12年)4月には一級町村制を施行しています。1934年(昭和9年)には富良野町との境界が改められました。1964年(昭和39年)5月1日に町制を施行して、中富良野町となりました。町内ではラベンダー畑が広がり、1981年(昭和56年)にはラベンダーまつりが初めて開かれています。
年表
- 1917年4月1日大正6年空知郡上富良野村から分かれて二級町村制を施行し、中富良野村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月大正12年中富良野村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1964年5月1日昭和39年中富良野村が町制を施行し、中富良野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。