今の上富良野町
上川総合振興局にある町で、北海道のほぼ中央部に位置します。東に大雪山国立公園の十勝岳連峰、西に夕張山地の山麓、北に両山系の山麓があり、三方を山に囲まれています。南には富良野盆地の平らな土地が開け、市街地があります。農業が基幹産業で、麦類、豆類、水稲、てん菜、ジャガイモなどが作られ、北海道で唯一のホップの産地でもあります。
今の上富良野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,348人です。今の区域で数えた1980年の14,441人とくらべると28.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.3%です。
主な産業:農業が基幹産業で、麦・豆・水稲・てん菜・ホップを作ります。
特産品・名産
- ラベンダー1948年に農作物としての栽培を開始
- かみふらのポークブランド豚肉
- ホップ道内で唯一の産地
見どころ・祭り
- 日の出公園ラベンダー園がある公園
- ジェットコースターの路延長約2.5kmの農道
- 深山峠かみふらの八景の一つ
- 十勝岳温泉郷十勝岳の麓の温泉郷
木アカエゾマツ花ラベンダー上富良野町の木・花
上富良野町のなりたち
上富良野町(かみふらのちょう)は、北海道上川地方の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに上富良野村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「上富良野町」という名前
「富良野」は、アイヌ語の「フラヌイ」に由来し、硫黄のにおいがする火の土地を表すとされています。この地はもとは富良野村と呼ばれていましたが、1903年(明治36年)に南の地域を下富良野村(今の富良野市)として分けたとき、上富良野村と改められました。
まちの成り立ち
上富良野では、1895年(明治28年)に伊藤喜太郎が入地したことが開拓の始まりとなりました。1897年(明治30年)4月に田中常次郎らの団体移民18戸が移住し、その後も移民が相次いで定着しました。1899年(明治32年)5月に歌志内外1村戸長役場から分かれて、富良野村戸長役場が置かれます。同じ年に美瑛と上富良野の間の鉄道が開通し、1900年には上富良野と下富良野の間も開通しました。1898年には、旭川と下富良野の間などに仮設道路が通っています。1903年(明治36年)に下富良野村を分けて、富良野村を上富良野村と改称しています。1906年(明治39年)4月1日に二級町村制を施行し、1917年(大正6年)4月1日には中富良野村を分けました。1919年に一級町村制となり、1951年(昭和26年)8月1日に町制を施行して上富良野町になっています。1948年には農作物としてのラベンダーの栽培が始まりました。
年表
- 1906年4月1日明治39年空知郡の上富良野村に二級町村制が施行された。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1917年4月1日大正6年上富良野村の南部が分かれ、中富良野村となった。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1919年4月1日大正8年上富良野村が一級町村制を施行した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1951年8月1日昭和26年上富良野村が町制を施行し、上富良野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。