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成田市なりたし

1920年には12の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の成田市になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の成田市

千葉県北部の北総台地にあり、北側は利根川に面しています。台地と谷津、川沿いの低地が組み合わさった地形です。成田山新勝寺の門前町の歴史を持つ市街地と、成田国際空港に関わる交通・物流の拠点があります。下総・大栄の地域を合わせ、川沿いには農地も広がります。寺への参詣を支えるまちと、国際空港に関わるまちの二つの性格を持っています。

今の成田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で132,906人です。今の区域で数えた1980年の85,897人とくらべると54.7%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.1%です。

132,906人人口(2020年)
+54.7%1980年からの増減
213.84km²面積(国土地理院)
622人/km²人口密度
24.1%65歳以上の割合
132,9061980199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 62.9%65歳以上 24.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:空港に関わる物流やサービス業、門前町の商業・観光、農業が営まれています。

特産品・名産

  • 栗羊羹成田山参詣のお土産として親しまれる菓子。
  • 鉄砲漬ウリの中に具を詰めて漬け込む名物。
  • うなぎ料理成田山の門前で親しまれてきた料理。

見どころ・祭り

  • 成田山新勝寺参詣客が訪れる寺院。
  • 成田山表参道寺へ続く、飲食店や商店が並ぶ道。
  • さくらの山離着陸する航空機と桜を眺められる公園。

木ウメ花アジサイ成田市の木・花

成田市のなりたち

成田市(なりたし)は、千葉県印旛地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。豊住村・久住村・中郷村・八生村・遠山村・公津村・高岡村・小御門村・滑河町・大須賀村・本大須賀村・成田町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の成田市になりました。

今の名前「成田市」は、1920年にあった成田町の名前を受け継いでいます。ほかの11の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の成田町が約7km²だったのに対し、今の成田市は約213km²と、およそ29.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は印旛郡・香取郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧久住村の区域には久住駅(成田線)があります。旧滑河町の区域には滑河駅(成田線)があります。

121920年の町村の数
4回合併・編入の回数
214km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「成田市」という名前

成田の地名には、よく実る田を意味する「熟田」から生まれたという説と、雷が鳴る田を表す「鳴田」から変わったという説があります。成田の呼び名は古い村名から町名、市名へと受け継がれ、門前町や周辺の地域を表す名前となっています。地名の由来は、一つの説には定まっていません。明治の成田町、昭和の成田市、平成の合併後の成田市へと、古い地域名が受け継がれています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、下埴生郡に成田町・八生村・中郷村・久住村・豊住村・遠山村が、印旛郡に公津村が発足しました。下埴生郡の六町村は1897年の郡の再編で印旛郡に属するようになりました。1954年3月31日、この一町六村が合併して成田市が成立しました。前日には豊住村の興津の一部が安食町へ移っています。

現在の北東部にあたる香取郡の地域は、別の合併を経ました。1955年2月11日、滑河町・小御門村・高岡村が合併して新しい滑河町となり、同日に下総町へ改称しました。大須賀村と昭栄村は同年4月15日に合併し、大栄町をつくりました。昭栄村は本大須賀村が1942年に改称した村です。下総町と大栄町は、昭和の合併でそれぞれ成立した町でした。

成田のまちは成田山新勝寺の門前町として歩み、1978年には成田国際空港が開港しました。寺への参詣に関わる市街地と、空港を中心とした交通や産業の拠点が、一つの市の中にあります。

2006年3月27日、下総町と大栄町が成田市へ編入されました。昭和に成立した三つの自治体がまとまり、利根川沿いから空港周辺までを含む市域となりました。下総・大栄という旧町名は、地域を呼び分ける名前として現在にも残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年下埴生郡に成田町・八生村・中郷村・久住村・豊住村・遠山村が、印旛郡に公津村が、香取郡に滑河町・小御門村・高岡村・大須賀村・本大須賀村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年下埴生郡が印旛郡に統合され、成田町・八生村・中郷村・久住村・豊住村・遠山村が印旛郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1942年8月1日昭和17年本大須賀村が昭栄村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  4. 1954年3月30日昭和29年豊住村の興津の一部が安食町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  5. 1954年3月31日昭和29年成田町・公津村・八生村・中郷村・久住村・豊住村・遠山村が合併して成田市となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  6. 1955年2月11日昭和30年滑河町・小御門村・高岡村が合併して新しい滑河町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  7. 1955年2月11日昭和30年滑河町が下総町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  8. 1955年4月15日昭和30年大須賀村と昭栄村が合併して大栄町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  9. 2006年3月27日平成18年下総町と大栄町が成田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

成田町→成田市1889〜今
大栄町1955〜2006
大須賀村1889〜1955
本大須賀村→昭栄村1889〜1955
下総町1955〜2006
高岡村1889〜1955
小御門村1889〜1955
滑河町1889〜1955同じ名前の駅:滑河駅
豊住村1889〜1954
久住村1889〜1954同じ名前の駅:久住駅
中郷村1889〜1954
八生村1889〜1954
遠山村1889〜1954
公津村1889〜1954

参考にした資料