今の横芝光町
旧横芝町と旧光町が合併した、千葉県北東部の町です。中央を栗山川が北から南へ流れ、かつては上総と下総の境を成していました。中央部から南部は平坦地、北部は緩やかな丘陵が広がっています。山武郡と匝瑳郡に分かれていた二町が一つとなり、双方の町名を新しい名前に残しました。川沿いには平野、周囲には丘陵があり、町の木はウメ、花はサクラ、鳥はコアジサシです。
今の横芝光町の区域の人口は、2020年の国勢調査で22,075人です。今の区域で数えた1980年の25,387人とくらべると13.0%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は37.6%です。
主な産業:米やねぎなどの農業、養豚や酪農に加え、海岸の観光が営まれています。
特産品・名産
- ひかりねぎ年間を通して出荷するブランドねぎです。
- スイートコーン町内で盛んに栽培される野菜です。
- 米町の農業の中心となる農産物です。
見どころ・祭り
- 坂田城跡の梅林城跡に出荷用の梅が植えられています。
- マリンピアくりやまがわ海岸を見渡す丘のある公園です。
- 屋形海岸九十九里浜に面する砂浜の海岸です。
木ウメ花サクラ鳥コアジサシ横芝光町の木・花・鳥
横芝光町のなりたち
横芝光町(よこしばひかりまち)は、千葉県山武地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。南条村・東陽村・白浜村・大総村・上堺村・日吉村・横芝町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の横芝光町になりました。
今の名前「横芝光町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の大総村が約15km²だったのに対し、今の横芝光町は約67km²と、およそ4.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は匝瑳郡・山武郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、匝瑳郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧横芝町の区域には横芝駅(総武本線)があります。
「横芝光町」という名前
横芝光は、2006年に合併した横芝町と光町の二つの名前を並べた町名です。旧横芝町は山武郡、旧光町は匝瑳郡に属していましたが、新しい町は山武郡に属しました。町名には合併前の両町の呼び名を残し、新町全体を表しています。語源ははっきりしていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、現在の横芝光町につながる町村が発足しました。武射郡には旭村・大総村・上堺村、香取郡には日吉村、匝瑳郡には南条村・東陽村・白浜村がありました。旭村は横芝村に改称し、1897年には町制を施行して横芝町となりました。同年の郡再編で、横芝・大総・上堺は山武郡に属しました。
1954年5月3日、日吉村・南条村・東陽村・白浜村が合併して匝瑳郡光町が発足しました。翌1955年2月1日には、横芝町・大総村・上堺村が合併して新しい横芝町が成立しました。昭和の合併でまとまった二町が、その後の地域の行政を担いました。
2006年3月27日、山武郡横芝町と匝瑳郡光町が合併し、山武郡横芝光町が発足しました。異なる郡に属していた二町を合わせた新設合併で、新町名には両方の町名を取り入れています。
町の中央部には栗山川が北から南へ流れています。この川はかつて上総と下総の境でもありました。中央部から南部には平坦な土地が続き、北部には緩やかな丘陵があります。川を挟んだ二つの地域は、昭和の合併で横芝町と光町になり、平成の合併で一つの町にまとまりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年武射郡に旭村・大総村・上堺村、香取郡に日吉村、匝瑳郡に南条村・東陽村・白浜村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年武射郡と山辺郡が統合され、横芝村・大総村・上堺村が山武郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年5月10日明治30年横芝村が町制を施行して横芝町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年5月3日昭和29年日吉村・南条村・東陽村・白浜村が合併して匝瑳郡光町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年横芝町・大総村・上堺村が合併して新しい横芝町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 2006年3月27日平成18年横芝町と光町が合併して山武郡横芝光町となった。種類:新設合併 出典:www.town.yokoshibahikari.chiba.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。