今の山武市
千葉県東部に位置し、九十九里浜のほぼ中央で太平洋に面する市です。海岸の背後には田園地帯が広がり、内陸には低い台地からなる丘陵地帯があります。稲作や野菜・果実の生産に加え、山武杉などの林産物、海水浴やサーフィンの観光が地域を支えています。2006年に成東・山武・松尾・蓮沼の四町村が合併して成立し、市名は「さんむ」と読みます。
今の山武市の区域の人口は、2020年の国勢調査で48,444人です。今の区域で数えた1980年の43,954人とくらべると10.2%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は36.0%です。
主な産業:いちごなどの農業と山武杉の林業、海岸の観光が営まれています。
特産品・名産
- いちご市内の農園で栽培する特産の果実です。
- 落花生栽培の歴史が長い地域の農産物です。
- 山武杉地域で育てられる建築用の木材です。
見どころ・祭り
- 本須賀海水浴場九十九里浜の広い砂浜が続きます。
- 山武市歴史民俗資料館地域の歴史や伊藤左千夫を紹介します。
- 成東・東金食虫植物群落湿地に食虫植物が自生する天然記念物です。
木スギ花野菊鳥ウグイス山武市の木・花・鳥
山武市のなりたち
山武市(さんむし)は、千葉県山武地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。源村・大富村・南郷村・睦岡村・日向村・豊岡村・大平村・鳴浜村・緑海村・松尾町・成東町・蓮沼村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の山武市になりました。
今の名前「山武市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の睦岡村が約27km²だったのに対し、今の山武市は約146km²と、およそ5.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は山武郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧日向村の区域には日向駅(総武本線)があります。旧松尾町の区域には松尾駅(総武本線)があります。旧成東町の区域には成東駅(総武本線)があります。
「山武市」という名前
山武市の名前は、合併協議会での名称募集と協議を経て決まりました。2005年3月15日の会議録では、応募が最も多かった「山武」を漢字表記とし、読みを「さんむ」とする提案が示されています。合併協定も「山武市(さんむし)」と定めています。旧山武町の読みは「さんぶ」でした。漢字が同じでも読みと自治体の範囲が異なることに、新しい市の成立が表れています。
まちの成り立ち
山武市は、2006年3月27日に成東町・山武町・松尾町・蓮沼村が合併して成立しました。旧山武町が周辺の三町村を編入したのではなく、四つの自治体を廃して新しい市を置く合併です。合併協定は市名の読みを「さんむ」と定めています。
1889年(明治22年)の町村制では、武射郡に成東町・大富村・南郷村・緑海村・日向村・睦岡村・蓮沼村・松尾村・大平村・豊岡村、山辺郡に鳴浜村・源村・公平村が成立しました。1897年には二つの郡が統合されて山武郡となり、松尾村は翌年に町制を施行しています。
昭和の合併では、成東町が1953年に公平村姫島を編入し、1954年に大富村・南郷村と合併して新しい成東町となりました。1955年には鳴浜村の一部と緑海村を編入しています。一方、日向村は1954年に源村の一部を加え、1955年1月1日に睦岡村と合併して山武町となりました。同年2月1日には松尾町・大平村・豊岡村が合併し、新しい松尾町が成立しました。蓮沼村は独立した村として続きました。
こうしてまとまった四町村が、平成の合併で一つになりました。市には九十九里浜の海岸、背後の田園地帯、さらに内陸の丘陵という帯状の地形が広がっています。現在も稲作や野菜・果実の栽培が行われ、山武杉などの林産物や海辺の観光が各地域の産業を支えています。
年表
- 1889年4月1日明治22年武射郡に成東町・大富村・南郷村・緑海村・日向村・睦岡村・蓮沼村・松尾村・大平村・豊岡村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年山辺郡に鳴浜村・源村・公平村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年山辺郡と武射郡が統合され、山武郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1898年8月31日明治31年松尾村が町制を施行して松尾町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年公平村姫島の区域が成東町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年源村が分割され、雨坪・武勝と下布田・植草の各一部は日向村に、残る区域は東金町に編入された。種類:分割 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年10月1日昭和29年成東町・大富村・南郷村が合併して新しい成東町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年10月31日昭和29年日向村大木の一部が印旛郡八街町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年日向村と睦岡村が合併して山武町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年2月1日昭和30年松尾町・大平村・豊岡村が合併して新しい松尾町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年3月31日昭和30年鳴浜村白幡・本須賀の区域が成東町に、作田の区域が片貝町・豊海町とともに新しい九十九里町に加わった。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年7月1日昭和30年緑海村が成東町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1956年4月1日昭和31年山武町木原・沖渡の各一部が印旛郡八街町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 2006年3月27日平成18年成東町・山武町・松尾町・蓮沼村が合併して山武市となった。種類:新設合併 出典:www.city.sammu.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.sammu.lg.jp/sammu-kids/donna/page002159.html
- www.city.sammu.lg.jp/shisei/profile/page001233.html
- www.city.sammu.lg.jp/data/doc/1580811048_doc_4_0.pdf
- www.city.sammu.lg.jp/shisei/shingi/sammu-cyuou-shingikai/page001060.html
- www.pref.chiba.lg.jp/toukei/toukeidata/nenkan/nenkan-s35/documents/1960002n.pdf
- ja.wikipedia.org/wiki/山武郡
- ja.wikipedia.org/wiki/山辺郡_(千葉県)
- www.pref.chiba.lg.jp/shichou/documents/r700sityouson2.pdf
- ja.wikipedia.org/wiki/山武市