今の佐倉市
千葉県北部の印旛沼の南側に位置する市です。城下町の歴史を持つ佐倉の市街地と、臼井・志津などの鉄道沿線の住宅地が広がります。台地と谷津、沼や川沿いの低地があり、郊外には農地も残っています。佐倉城址公園や武家屋敷、国立歴史民俗博物館などが地域の歴史を伝えます。旧町村の地区と、合併後に編入した千代田などの地域から成り立っています。
今の佐倉市の区域の人口は、2020年の国勢調査で168,743人です。今の区域で数えた1980年の101,180人とくらべると66.8%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.8%です。
主な産業:住宅地や工業団地が広がり、米・大和芋・落花生などの農業も営まれています。
特産品・名産
- 大和芋粘りの強い特産の芋。
- 落花生市内で栽培され、ゆでても食べられる豆。
- 米印旛沼周辺などの水田で栽培される農産物。
見どころ・祭り
- 国立歴史民俗博物館日本の歴史と生活文化を展示する博物館。
- 佐倉城址公園城の跡と季節の花が見られる公園。
- 佐倉ふるさと広場風車と花畑がある印旛沼沿いの広場。
木サクラ花ハナショウブ佐倉市の木・花
佐倉市のなりたち
佐倉市(さくらし)は、千葉県印旛地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。内郷村・志津村・臼井町・根郷村・和田村・弥富村・旭村・佐倉町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の佐倉市になりました。
今の名前「佐倉市」は、1920年にあった佐倉町の名前を受け継いでいます。ほかの7の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の佐倉町が約4km²だったのに対し、今の佐倉市は約103km²と、およそ24.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は印旛郡に属していました。
「佐倉市」という名前
佐倉の地名には、麻布を朝廷へ納めるための倉を表す「麻倉」が変化したという説があります。清い倉に「さ」という言葉を添えたという説もあります。地名の由来には、複数の伝承があります。自治体名としては城下の佐倉町に受け継がれ、1954年の六町村の合併でも新しい市の名前に採用されました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制で、印旛郡に佐倉町・内郷村・臼井町・志津村・根郷村・和田村・弥富村が発足しました。現在の市域の一部に関わる旭村と千代田村も同郡の自治体でした。城下町を中心とする佐倉と、周辺の農村が、別々の行政区域として出発しました。1937年2月11日には佐倉町と内郷村が合併し、新しい佐倉町となりました。
1954年3月31日、佐倉町・臼井町・志津村・根郷村・和田村・弥富村が合併して佐倉市が成立しました。旧佐倉町の単独の市制ではなく、二町四村を合わせた新設合併です。このあとも部分的な編入が続き、市域が整えられました。
1955年3月10日、旭村の馬渡を編入しました。同日に旭村と千代田町は合併して四街道町となり、1957年1月1日には四街道町の羽鳥・飯重・吉見・生谷・畔田の区域が佐倉市へ移りました。現在の千代田地区は、この部分編入につながる地域です。1956年には八千代町の勝田の一部も加わっています。
佐倉は城下町と連隊のまちを経て、鉄道沿線の住宅地が広がる市となりました。佐倉城跡には公園と国立歴史民俗博物館があり、武家屋敷なども歴史を伝えています。現在の佐倉市は、旧町村の区域と合併後に編入された地区を合わせた市域を持っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年印旛郡に佐倉町・内郷村・臼井町・志津村・根郷村・和田村・弥富村・旭村・千代田村が発足し、千葉郡に大和田村・睦村が、印旛郡に阿蘇村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年大和田村が町制を施行して大和田町となった。種類:町制施行 出典:www.city.yachiyo.lg.jp
- 1926年12月23日大正15年印旛郡千代田村が町制を施行して千代田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1937年2月11日昭和12年佐倉町と内郷村が合併して新しい佐倉町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年1月15日昭和29年千葉郡大和田町と睦村が合併して八千代町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年3月31日昭和29年佐倉町・臼井町・志津村・根郷村・和田村・弥富村が合併して佐倉市となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年9月1日昭和29年印旛郡阿蘇村が千葉郡八千代町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1954年11月1日昭和29年佐倉市の志津原の一部が印旛郡千代田町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年3月10日昭和30年旭村の馬渡が佐倉市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1955年3月10日昭和30年千代田町と旭村が合併して四街道町となった。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1956年11月1日昭和31年千葉郡八千代町の勝田の一部が佐倉市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
- 1957年1月1日昭和32年四街道町の羽鳥・飯重・吉見・生谷・畔田の区域が佐倉市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.sakura.lg.jp/soshiki/kohoka/profile/4613.html
- www.city.sakura.lg.jp/soshiki/bunkaka/bunkazai/2523.html
- www.city.sakura.lg.jp/soshiki/kohoka/profile/4904.html
- www.pref.chiba.lg.jp/shichou/documents/r700sityouson1.pdf
- www.pref.chiba.lg.jp/toukei/toukeidata/nenkan/nenkan-s35/documents/1960002n.pdf
- www.city.yachiyo.lg.jp/soshiki/2/1016.html
- ja.wikipedia.org/wiki/印旛郡