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南陽市なんようし

1920年には8の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の南陽市になりました。

8町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の南陽市

山形県の南東部、置賜盆地の北部にある市です。北部は白鷹丘陵の山地で、南部には平地が開け、南の端を最上川が流れます。赤湯温泉は開湯900年をこえるといわれる温泉で、宮内には日本三熊野の一つとされる熊野大社があります。ぶどうの産地で、市内にはワイナリーがいくつもあります。秋の南陽の菊まつりでも知られます。山形新幹線の赤湯駅があります。

今の南陽市の区域の人口は、2020年の国勢調査で30,420人です。今の区域で数えた1980年の36,682人とくらべると17.1%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は34.1%です。

30,420人人口(2020年)
−17.1%1980年からの増減
164.8km²面積(概算)
185人/km²人口密度
34.1%65歳以上の割合
37,1461980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 54.3%65歳以上 34.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ぶどうなどの果樹栽培とワイン造り、工業団地の製造業、温泉の観光があります。

特産品・名産

  • ぶどう市内のぶどう園で育てられる
  • ワインぶどうの里なんようワイン特区で造られる
  • ラーメン市役所にラーメン課が設けられた

見どころ・祭り

  • 赤湯温泉開湯900年をこえるといわれる温泉
  • 熊野大社日本三熊野の一つとされる神社
  • 南陽の菊まつり秋に開かれる菊の催し
  • 稲荷森古墳県内最大の前方後円墳。国の史跡
  • 白竜湖水田の中に広がる小さな湖

南陽市のなりたち

南陽市(なんようし)は、山形県置賜地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、8の町村がありました。吉野村・漆山村・金山村・梨郷村・沖郷村・中川村・宮内町・赤湯町です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の南陽市になりました。

今の名前「南陽市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの8の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の吉野村が約51km²だったのに対し、今の南陽市は約165km²と、およそ3.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は東置賜郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧梨郷村の区域には梨郷駅(山形鉄道 フラワー長井線)があります。旧中川村の区域には中川駅(奥羽本線)があります。旧宮内町の区域には宮内駅(山形鉄道 フラワー長井線)があります。旧赤湯町の区域には赤湯駅(奥羽本線)があります。

81920年の町村の数
4回合併・編入の回数
165km²今の面積
1967年いちばん新しい合併

「南陽市」という名前

市の名は、中国の故事「南陽の菊水」からとられた、めでたい意味の名です。1967年(昭和42年)の合併では、宮内町と赤湯町が新しい市の名をめぐって互いにゆずらず、当時の山形県知事の安孫子藤吉が間に入って「南陽」と名付けました。この縁で、中国の南陽市とは1988年に友好都市になっています。

まちの成り立ち

南陽市のある置賜盆地の北部は古くから開け、県内最大の前方後円墳である稲荷森古墳が残ります。宮内には古い歴史をもつ熊野大社があり、赤湯は温泉の町として栄えてきました。

1889年(明治22年)の町村制で、今の市域に東置賜郡の宮内町・吉野村・漆山村・赤湯村・中川村・沖郷村・梨郷村が発足しました。1891年(明治24年)には吉野村から金山が分かれて金山村となり、赤湯村は1895年(明治28年)に町制を施行して赤湯町となりました。

昭和の大合併では、1955年(昭和30年)に、宮内町・吉野村・漆山村・金山村が合わさって新しい宮内町が、沖郷村と梨郷村が合わさって和郷村が、赤湯町と中川村が合わさって新しい赤湯町が生まれました。このあと赤湯町の中山が上山市に移り、高畠町の一部が赤湯町に加わりました。

1967年(昭和42年)4月1日、宮内町・赤湯町・和郷村が合併して市制を施行し、南陽市が発足しました。県内で13番目の市でした。今の南陽市は、赤湯温泉とぶどう・ワインの町として知られ、秋には菊まつりが開かれます。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東置賜郡に宮内町・吉野村・漆山村・赤湯村・中川村・沖郷村・梨郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1891年4月14日明治24年東置賜郡吉野村の一部(金山)が分かれて金山村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1895年12月12日明治28年東置賜郡赤湯村が町制を施行し、赤湯町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1955年2月1日昭和30年東置賜郡の宮内町・吉野村・漆山村・金山村が合併し、新しい宮内町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
  5. 1955年4月1日昭和30年東置賜郡の沖郷村と梨郷村が合併し、和郷村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
  6. 1955年6月10日昭和30年東置賜郡の赤湯町と中川村が合併し、新しい赤湯町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
  7. 1956年10月1日昭和31年東置賜郡和郷村の一部が長井市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
  8. 1957年1月1日昭和32年東置賜郡赤湯町の一部(中山)が上山市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
  9. 1957年4月1日昭和32年東置賜郡高畠町の一部(大橋と石岡の一部)が赤湯町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
  10. 1967年4月1日昭和42年東置賜郡の宮内町・赤湯町・和郷村が合併し、市制を施行して南陽市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

南陽市1967〜今
宮内町1889〜1967同じ名前の駅:宮内駅
吉野村1889〜1955
漆山村1889〜1955
金山村1891〜1955
赤湯町1895〜1967同じ名前の駅:赤湯駅
中川村1889〜1955同じ名前の駅:中川駅
和郷村1955〜1967
梨郷村1889〜1955同じ名前の駅:梨郷駅
沖郷村1889〜1955

参考にした資料