今の朝日町
山形県の中央部、西村山郡の町です。西には朝日連峰がそびえ、町の中を最上川が北へ流れます。古くから五百川郷とも呼ばれました。りんごに袋をかけずに育てる「無袋ふじ」の発祥の地で、ぶどうとワインの産地でもあり、「りんごとワインの里」を掲げています。アケビの産地としても知られます。町全体をエコミュージアムとし、空気神社や大沼の浮島などがあります。
今の朝日町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,366人です。今の区域で数えた1980年の11,109人とくらべると42.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は44.4%です。
主な産業:りんごやぶどう、アケビなどの果樹栽培と、ワインの醸造が盛んです。
特産品・名産
- りんご(無袋ふじ)袋をかけない栽培を全国に先がけて確立
- 朝日町ワイン町のぶどうで造るワイン
- アケビ朝日町の特産の山の果物
見どころ・祭り
- 空気神社空気に感謝する神社。6月5日に空気まつり
- 大沼の浮島沼に島が浮かんで動く国の名勝
- 椹平の棚田最上川を見下ろす棚田
- 大朝日岳朝日連峰の主峰
- 佐竹家住宅国の重要文化財の民家
木ブナ花ヒメサユリ鳥ヤマガラ朝日町の木・花・鳥
朝日町のなりたち
朝日町(あさひまち)は、山形県村山地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。大谷村・東五百川村・西五百川村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の朝日町になりました。
今の名前「朝日町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は西村山郡に属していました。
「朝日町」という名前
町の名は、1954年(昭和29年)に宮宿町・大谷村・西五百川村が合併したときに付けられました。町の西には朝日連峰がそびえています。町名はこの朝日連峰にちなむと考えられますが、名付けの理由ははっきりしていません。この地は古くから五百川(いもがわ)郷とも呼ばれ、合併前の村の名にも五百川の名が使われていました。
まちの成り立ち
朝日町は、最上川が山あいを流れる五百川峡谷に沿って開けた町で、古くは五百川郷と呼ばれました。
1889年(明治22年)の町村制で、今の町域に大谷村・西五百川村・東五百川村が発足しました。東五百川村は1928年(昭和3年)に町制を施行し、役場のある宮宿の名をとって宮宿町と改めました。
1954年(昭和29年)11月1日、宮宿町・大谷村・西五百川村が合併して朝日町が発足しました。翌1955年(昭和30年)10月10日には、針生が西置賜郡の白鷹町に移りました。平成の大合併のころには、寒河江市・西川町との合併が話し合われましたが、合併はしませんでした。
朝日町は、りんごに袋をかけずに育てる「無袋ふじ」の栽培を全国に先がけて確立した町で、「りんごとワインの里」を掲げています。町全体を屋根のない博物館と見立てるエコミュージアムに取り組み、空気に感謝する空気神社や、国の名勝の大沼の浮島などがあります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西村山郡に大谷村・西五百川村・東五百川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年西村山郡東五百川村が町制を施行し、宮宿町と改称した。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年11月1日昭和29年西村山郡の宮宿町・大谷村・西五百川村が合併し、朝日町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.yamagata.jp
- 1955年10月10日昭和30年朝日町の一部(針生)が西置賜郡白鷹町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.yamagata.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。